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遺産分割協議にもとづく債務の不履行と解除の可否遺産分割協議にもとづく債務の不履行と解除の可否

レッツプラザ2014年9月号/執筆者:江口 正夫

Q.お客さまからのご質問 Q.お客さまからのご質問
先日、父が亡くなり、母と長男と次男の私と妹の4人で遺産分割の話し合いをした結果、長男である兄が自宅の土地建物と父の預貯金を相続し、兄が1人暮らしとなる母親を引き取り、生活費の面倒も見るということでしたので、私も妹も了解して遺産分割協議書に全員で調印しました。ところが、兄は、母の面倒を見ると約束したにもかかわらず、母親を引き取ろうともせず、母親の生活費も負担しないため、母親の生活費は私と妹が折半しています。督促をしても、適当な言い訳をしてごまかしてしまいます。こんなことでは遺産分割協議をした意味がありません。遺産分割協議を解除して、再度、遺産の分割について協議できるでしょうか。

A.お答え

民法は、「共同相続人は、次条の規定により、被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる」(民法第907条1項)と定め、遺産分割協議の効果については、「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することができない」(民法第909条)と定めています。遺産の分割は、当事者が話し合って合意するものですから、意思表示の一般原則に従って、無効や取消しの可能性があると言われています。例えば、遺産分割協議後に遺言が発見され、遺言の存在を知っていればこのような分割はしなかったであろうという蓋然性が高い場合には、遺産分割協議に錯誤を認めた判例があります(最高裁平成5年12月16日判決)。

それでは、遺産分割協議で定めた債務を相続人の1人が履行しない場合に、遺産分割協議を解除することはできるのでしょうか。

最高裁は、共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の1人(本件では長男)が、右協議において負担した債務を履行しないときであっても、その債権を有する相続人(本件では母親)は、民法541条の規定(契約の解除に関する規定)によって、右遺産分割協議を解除することができない、と判示しています(最高裁平成元年2月9日判決)。従って、最高裁の判決では、このような場合でも遺産分割協議を解除することはできないのです。兄が自宅の土地建物と預貯金を取得することとした遺産分割協議の効果は否定されず、そのまま維持されることになります。

遺産分割協議の前提が、長男が母親の面倒を見るということにあったのであれば、それを履行しないのなら話が違うとして遺産分割協議を解除できてもよさそうにも見えますがなぜなのでしょうか。最高裁は、その理由として、「遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議に置いて右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかもそのように解さなければ民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになる」としています。結局、相続人の1人に債務を負担させる遺産分割協議を成立させた以上は、ほかの相続人は、その債務の履行を求め続けるしかないということになりますので注意が必要です。

※本記事は2014年9月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

江口 正夫
海谷・江口・池田法律事務所 弁護士 江口 正夫
東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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