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午後4時のティーブレイク午後4時のティーブレイク

Date:2009年9月10日/執筆者:川上由里子

笑顔は人生の宝物

人間は生まれて半年もすると、社会的な笑いを身につけるといいます。
私たちは愛情を注がれて笑い、愛情を示すために笑いながら、幸福な交歓を積み重ね、感性を育てるのです。

しかし、人生が複雑になるにつれ、笑いは少なくなります。そして病や加齢が、笑いを奪ってしまうこともあるのです……。

看護師になりたてのころは、師長さんが朝礼のたびに言う「笑顔を忘れないように」が、今ひとつピンときませんでした。やがて現場で経験を積むうちに、病室では笑いや笑顔がとても貴重なものだということに気づきました。

私がケアしてきたのは、病気や加齢のために、体の自由、判断能力、仕事、人間関係等々を失った方々ですが、たくさんのものを喪失した結果なのか、表情からは笑いや笑顔も消えていました。地位や財産があっても、消えた笑いを取り戻すことはできません。いちばんの処方は、ケアする側がとびっきりの笑顔で接することです。

近年、笑いの研究が進み、笑うことで免疫力が上がったり痛みが和らいだりすることが、医学的に証明され始めました。また、それらは表情筋を動かすだけの作り笑いでも効果があることなども分かってきています。

しかし、病んだ人、介護を受ける人たちは、心を伴わない笑顔には反応しません。私たちが心からの笑顔を送り、それが患者さんの心の奥底に届いたとき、初めて笑顔が返ってくるのです。まるで赤ちゃんが母親との愛情のやり取りを学習するときのように、です。 「笑顔は副作用のない最良の薬」といいます。笑いを取り戻したことをきっかけに、よい方向に向かう方が大勢いました。また、壮絶な病の最中でも、決して笑いを忘れない方もいました。大きな喪失感や不安を抱えながらも、それらを超越して笑う方々の表情は人間としての尊厳に溢れ、私の記憶に深く刻まれることになりました。

ケアする側はいたわるばかりと思われがちですが、患者さんの笑顔から勇気やパワーをもらうこともたびたびありました。「○○さんが笑った!」という話題に、ナースステーションの全員が歓喜したものです。

昨年、父が病に倒れました。介護する立場しか知らなかった私は、初めて介護を受ける家族の立場になりました。早朝、こぼれんばかりの笑顔で看護師さんが登場すると、今日も一日がんばろう! という気持ちが沸き上がります。無愛想だった場合は……、ご想像にお任せします。

町のお医者さんとして周囲から尊敬され、家族にもやさしく笑顔が素敵だった父。その父が少しずつ変容していくのを目の当たりにし、私はせつない思いでいっぱいになりましたが、本人はもっと悔しく思っているのでしょう。父が寂しそうな表情でいることが増えました。

2週間に一度、父に寄り添うため、郷里である富士山を望む海辺の町に通っています。とびっきりの笑顔と一緒に、父とともに食べ、出かけ、歩きます。父の宝物である笑顔をいつまでも持ち続けてほしいと願いながら。

素敵に年齢を重ねた人の笑顔は、磨き抜かれた宝石のように輝き、周囲を元気にしてしまう不思議な力を持っています。私もそんな珠玉の笑顔を送れる人になれるよう、自分らしく朗らかに生きたいと願っています。

川上由里子
ケアデザインプラザ ケアコンサルタント
川上由里子
ケアマネジャー・看護師・産業カウンセラー。三井不動産(株)ケアデザインプラザで、介護を含めたシニアライフのコンサルティングを行っている。

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