Let's Plaza 三井不動産(資産活用) サイトマップ &EARTH 都市に豊かさと潤いを 三井不動産
文字サイズの変更 小 中 大
すまいとくらし
すまいとくらし
第5回 なぜ大学病院を辞めて予防医学を始めたのか?(1)

予防医学とワーカブル80

第5回 なぜ大学病院を辞めて予防医学を始めたのか?(1)
元々無かった予防医学科
 元々は予防医学科というのは、大学病院に無かったし、現在も正式にはありません。一部の人間ドックの部門をこのように呼ぶだけで、何が本当の予防医学なのかというのは、まだはっきりとした定義も無く、系統だった学問としての確立もされていないのが現状です。では、大学のどこの部門で私が研鑽を積んだかというと、慶應義塾大学病院の放射線診断科でした。そこで日々学んだことは、癌の早期発見の仕方と癌以外の疾患の見分け方でした。でも癌は早期だけでなく、中期、進行もしくは末期で見つかる方が多く、CT、MRI、超音波検査、X線写真などで、全身臓器の色々な進行度の癌を日々見て学んでいました。普通、内科でも外科でも各臓器別に専門分化しています。ですから、心臓外科医は心臓のことだけを考え、肝臓を扱う消化器内科医は肝臓のことばかりを診て治療するのが精一杯で、患者の他臓器の病気についてはもちろん、心の問題までといったら、もうお手上げ状態です。そんな中で私のいた放射線診断科は癌に特化していたので、癌ができる臓器は全部診るのが基本でした。そのため癌を通し、臓器を超え、脳外科、消化器内科、外科、泌尿器科、産婦人科とほとんど全科とオーバーラップして、患者さんを診ていける唯一の科でした。その体験があったからこそ、予防医学という全身を診ていく科を始めることができたのです。特に大学の放射線診断科にいた時は、人を診たら癌と思えというくらい、たくさん癌を診てきました。

早期癌を見つけて至福を感じる自分

 それを2年半も続けているうちに、患者さんの早期癌を見つけた時、至福を感じ生き生きしている自分がいるのに、ふと気がついたのです。これにはぞっとしました。なぜなら、その至福は、医者としての使命感から来るものではなく、誰にも見つけられない早期で小さい癌を見つけた自分の優秀さ、偉大さを感じてのものだったからです。この感覚はテレビゲームで場面をクリアした感じに似ています。俺って凄くない? といった自己満足感です。患者さんの命を救えたという医師本来の至福は多少ありましたが、どこか付属的で建前のような感じでした。

 大きい癌の場合、特にこれが手術のできない末期もしくは進行癌だと、がっかりしました(検査を長年やっていると、CT、MRI、超音波をやっただけで、大体その患者さんの予後は分かります)。このがっかり感は、患者さんに対する同情と自分の無力さから来るものであり、それは人間としてのせめてもの救いでした。自分のがっかりした感じを、検査中に患者さんに悟られないように、精一杯明るく、素知らぬ顔をして演技していました。そんな日はとても疲弊し、帰りにアルコールを飲むか、どこかで発散しないとやっていけない、何かもやもやしたものを感じていました。

患者さんに何も無いと焦り、不安になる自分
 しかし早期癌でも進行癌でも見つけた時は、自分の中でいろいろな反応が起こってくるだけ、まだ良かったのかもしれません。大学病院に何年も居続けると、他科からの依頼患者さんの検査をやることが多くなります。わざわざ依頼してくるということは、何か異常があって癌がある可能性が高いということです。そんな依頼患者さんの検査の最中に何も見つからないと、逆に見逃しではないかと焦り、しつこく検査を繰り返し、同じ場所を何度も診てしまいます。ですから普段の倍くらい時間がかかってしまうのでした。それでも何も見つからない時には、ほっと安心するよりも徒労感で疲れ果ててしまっていました。

 本来その患者さんにとっては、何も見つからない、何も無いことが至福のはずです。でも患者さんにとっての至福、何も無い状態を表面上は「良かったですね」と言えても、心の底では一緒に喜べませんでした。さらには、検査をしている、ほとんどの時間、癌を見逃しているのではないかという緊張感や恐れ、そして癌が見つからない時の自分の無能さや徒労感、その繰り返しを嫌というほど、味わっていました。そんな風に仕事をしていれば、命の尊さに対して畏怖の念を持つどころか、まるで無反応になってくるものです。

 無反応になれば、そういう嫌な感じも感じずに済むからです。でも、それと同時に生きている喜びも少なくなってくるのを切々と感じました。夏冬も暑い、寒いだけであとは毎日が同じでした。レストランで美味しいものを頂いているはずなのに、どこか味が無いように感じていました。アルコールを飲んでも酔えず、つい深酒になって明くる日まで残っているのが普通でした。でもその二日酔いでいる時の方が、身体が苦しい分逆に生きている感じがありました。

 そういった無反応が日々当たり前になっている自分が心の底では嫌でたまらないのに、それをまともに見ないように必死に藻掻いていたのでした。それを直視したら、苦労してなった医者を即刻やめるか、それこそ発狂せざるを得なかったと思います。

早期胃癌の患者さんに直接伝えたこと
 患者さんにとっての幸せで、自分の無能さを感じ、無反応になる。その無反応ぶりが、顕著に現れたのは、検査が終わって不安そうに結果を尋ねてくる患者さんに対してでした。「大丈夫でしたよ、何もありません」の一言で患者さんはほっとするのです。でも、そのことを知りながら「こちらでは結果をお話できません。最初に診てもらった科で聞いてください」と、わざと無表情に冷たく答えていました。そんな慇懃無礼で、不遜な医師としてあるまじき態度が、当たり前になっていたのでした。しかもそれが私だけでなく、他の同僚や先輩医師達も同じようにしていましたから、何も疑問を持たなかったのでした。本当に今更ながら恐ろしい話です。

 ある時、大学病院で胃のレントゲンを撮っていて、早期癌を発見したのでした。その癌は胃の後ろの壁にあり、内視鏡で発見するのがとても難しい癌でした。それこそ胃のレントゲンを撮ったからこそ分かった癌であり、心の中で「やったぞ!」と何度も叫んでいました。普段なら決められた枚数しか撮りません。ところが、この患者さんに対しては、何度も仰向けや腹ばいの姿勢を取ってもらい、色々な角度から癌を写すため、何枚も写真を追加し、撮影しました。まるで良いモデルに当たったカメラマンが凄く乗り気になって何枚、何十枚もシャッターを切る感覚と似ています。検査途中ですぐに現像すると、その癌の写真があまりにも綺麗に取れていて、久々に嬉しくなりました。

 検査が終わり、その男性患者は疲れ切った表情で『どうだったのですか?』と聞いて来ました。時間をかけて何枚も一つの場所の写真を撮っているのですから、どんな患者さんだって何か変なものが見つかったのではないかと勘ぐります。

 「すごく早期の癌を見つけましたよ、これなら絶対治ります。良かったですね」と、いつもとは違った、にこやかな表情で親切に言ったのでした。すると、その初老の痩せた男性は、急に両眉と目をつり上げ、私を睨みつけました。

 『どんなに早期だって、癌だったら嬉しくないよ』と小さい声でしたが、吐き捨てるように言ったのでした。この時「何だ、この患者は?」と正直、不愉快になったのを覚えています。検査後の放射線診断科のカンファレンスで、私は上の先生方に『これはよく撮れている。すごく綺麗な写真だね』、『外科の先生も、こんな写真があれば手術がやりやすい』と褒められました。その時、私は得意満面でしたが、先ほどの患者さんの一言に内心わだかまっていました。その時、どんな早期癌でも結果を直接患者さんに教えるのはやめようと、本末転倒なことを堅く心に誓ったのでした。

患者さんとのコミュニケーションが取れず、体調不良に
 医者から見れば、手術可能で命の助かる、どんな小さな早期癌でも、見つかった患者さんにとっては、たまったものではありません。癌と聞けば、悲しむか怒るのは当たり前のことです。患者さんは、「自分には何も無い」、「念のために」と思って検査に臨むのですから、癌などあったら困るのです。それを「早期癌を見つけましたよ、良かったですね」などと、医者からにこにこして言われたら、パニックを起こすのに決まっています。そう言う常識的な相手への思いやりの気持ちまでもが麻痺していたのです。

 それから急に私は体調が優れなくなったのでした。まだ当時26歳の若さです。でもいきなり胆石を疑う、右の腹痛が起こったり、足の先まで痺れる腰痛になったりと、理由が分からない痛みや不調が身体のあちこちに出てきたのでした。当然検査をしてみましたが、何も病気と言えるものはありませんでした。

 仕事に行っても、やる気が起こらず、検査結果のレポート報告も後回しにし、内科外来から患者さんが来たからとせっつかれ、慌てて書いたことも何度かありました。何となく疲れていたのです。ちゃんと身体を動かせないお年寄りの患者さんに対し、イライラして怒鳴ってしまい、側についていた年配の看護婦さんから嫌みを言われたりもしました。今思えば患者さんに対して、申し訳のないことをしてきた、若き駄目医者だったのでした。

(次回に続く)
 
2010/04/09

医師。予防医学の第一人者。慶應義塾大学医学部卒。米国の大学病院にて、最新の放射線医学、早期予防及びストレスマネジメントを学び、早期発見を超えた予防医療を実践。

あなたを想うことからすまいとくらしページの先頭へ
copyright 2010 Mitsui Fudosan Co., Ltd. All Rights Reserved.
三井不動産のプロジェクト