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遺言、……「ゆいごん」と呼ぶことが多いでしょうか? 法律家は通常「いごん」と言います。競売も普通「きょうばい」と読むことが多いようですが、法律家は「けいばい」と言います(馬の競走が競馬「けいば」だからでしょうか?)。
さて、公正証書遺言は、公証人が作成して遺言者が100歳になるまで保管します。したがって、100歳以上生きていれば公証人へ連絡して破棄しないように頼むことになります。
遺言書は、通常、弁護士を遺言執行者として選任することが多いようですが、遺言執行者が遺言者より先に亡くなってしまった場合は、家庭裁判所にお願いして執行者を選任してもらいます。ということは、面倒なのでなるべく若い人を指名した方が良いのかもしれません。
別の方法として、相続をする方または遺贈を受ける方本人が遺言執行者になることも可能です。この方が、お金がかからなくて良いと感謝されたことがあります。
ちなみに、遺言執行者の仕事は遺言書に書いてあることを執行するのですが、第三者に遺贈するとか、売却して現金を相続人で分ける(遺産分割方法の指定、換価相続と言います)とか、いわゆる権利者(受遺者、購入者)と義務者の関係がなければ遺言執行者が出る幕はありません。つまり、遺言書に「○○の不動産は誰それに相続させる」と書いてあれば遺言執行者がハンコを押すものは何もなく、相続人が自ら相続することができます。
信託銀行の遺言信託は、広義の遺言信託と狭義の遺言信託の二つの意味で使われています。
広義の遺言信託とは、遺言書の作成に関するコンサルティング、遺言書の保管、遺言の執行のことを指しますが、法律上の信託とは全く関係がありません。信託銀行に任せておけば、税務の申告から不動産の売却まで全部やってくれますが、直接税理士に依頼するよりは高くつくようです。
狭義の遺言信託とは、遺言により設定される信託のことです。例えば、子が障害者である場合、遺産をそのまま相続させても相続人にそれを使う能力がない場合、信託銀行が信託財産となった賃貸資産を管理運用し、定期的に障害のある相続人(受益者)へ配当します。遺言書には、信託の目的、管理・処分の方法、受益者、信託の報酬等を書いておきます。信託銀行の遺言信託も結構人気のある商品ですが、毎年の確定申告をお願いしている税理士さんを受託者とする遺言信託も良いかもしれません(信託銀行やライセンスのない方以外の者が受託するので、これを民事信託と言います)。
ところで、遺言書で『Aの土地及びBの土地を甲、乙が2分の1ずつ相続する』となっている場合、遺言書に反して法定相続人全員が遺産分割によりAの土地は甲の単独、Bの土地は乙の単独による相続登記は可能でしょうか?
回答は、不可です。遺言書のとおり、Aの土地もBの土地も、甲乙の共有名義で一旦登記をなし、その後共有物分割(持分の交換)の登記によって、それぞれ単独にするしか方法はありません。
理由は、相続させると遺言にあるので、遺言者の死亡と同時にA、Bの土地は甲乙の共有になるからです(判例)。全員でこれと異なる分割方法をとっても無効ではないと言われていますが、遺言執行者がいるときは、共同相続人が遺産分割の方法を勝手に変更することはできないというのが判例です。このことからも遺言執行者は相続人がなった方が良いのかも知れません。
親族の方がお亡くなりになっても、銀行へ相談するのは止めた方が良いかも知れません。なぜかって? 亡くなった方の銀行口座がロックされるからです。1円も引き出すことができなくなります(ローンの支払いや公共料金は引き落とされます)。新聞に載るような有名人であればしょうがない。あきらめもつきますが、病院への支払いや葬式代などたくさんの費用がかかるのに大変なことです。口座のロックを解除するためには銀行ごとに亡くなった方の戸籍謄本や相続人全員の戸籍謄本及び印鑑証明書、遺産分割協議書(まだ協議ができる状態ではないにもかかわらず)を提出しなければなりません。もちろん、私的目的で口座から引き出した訳ではないので相続人の欠格事由には該当しませんし、相続税の計算にも影響はありません。相続財産は亡くなった日の残高で計算します。
「笑う相続人」という言葉をご存じですか? 被相続人が亡くなっても別に悲しくもなく、相続財産が転がり込んでウハウハ笑う相続人のことです。
数年前依頼があった相続登記で、なんと被相続人は慶応生まれの女性でして、とある所に100坪程の土地を持っていました。お亡くなりになったのは昭和の初めで、なんと相続人の数、北は宮城県から南は福岡県まで、孫、ひ孫併せて53人(途中で1人亡くなって2人増えました)。本家の方から頼まれて分割協議書への押印を依頼したのですが、もちろん、ひ孫なんかはひぃばぁさんのことも何にも知らないのに思わぬ臨時収入(協力金)が入ってきました。
私も昔、「本当はどこかの偉い人の落とし胤ではないのか」と想像したことがありましたが、この年になっても未だに何の連絡もないということは、やはり私の父親も母親も本当の親なのでしょうね。
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