レッツプラザホーム > 資産運用 > 長寿リスクを考え、資産設計を見直したい
世の中には「持つ者」と「持たざる者」がいます。 「持たざる者」からみれば、不動産の悩みなんて贅沢な悩みに見えるでしょう。 でも、今は「不動産を持っているだけでバラ色」とはいきません。 不動産はうまく活かして初めて、持ち主をハッピーにする資産に「なる」のです。 このコラムでは、そのための頭の整理方法と問題解決のヒントをご紹介します。 さて、今回は、前回登場した地主の加奈さんと対照的な価値観を持つ元会社経営者の文恵さん(61歳)です。「子どもには残さず、頼らず」と思っていますが、超高齢化時代を迎えて一抹の不安も……。
「私って、友達から変わり者と思われているみたい。子どもに資産を残そうとか、一緒に暮らしたいといった気持ちもないし、ろくでなしの亭主も追い出してしまったからかしら……。これからは築いた資産と親からの財産を使い切って、生涯最後の日まで自立して優雅に暮らそうと思っているの。やっとひとりになれて寂しいどころか、わくわくしているんですよ。 こうした生き方、母の影響かもしれません。母は地方の商家の出だけれど、当時としては相当にハイカラさんだった。『女も高等教育を受けて職業を持つべきだ』という信念の持ち主で、父を説得して海外留学もさせてくれたんです。女だてらに会社を起こすときも、そりゃあ喜んでくれて資金援助もしてくれた。私の人生で失敗だったのは、全く考え方の違う男と結婚したこと。今思うと若気の至りだったわ。 それでも子どもたちのために30年近く我慢したのよ。会社を経営しながら、家事や育児もこなし、夫の両親の介護までしたんだから。その間、夫とは子どもの教育方針を巡ってケンカばかり。子どもたちにはすまなかったけれど、自立の精神は伝わったみたい。私は日本の教育に絶望していたから、子どもたちは高校から海外に留学させて大学も向こう。長女はアメリカで米国人と結婚して仕事を続けているし、長男は今、中国で会社を興そうと頑張っています。ふたりは私の宝物だけど、これからも一緒に暮らすことはないでしょう。それで私は満足なの。 今後の軍資金は、年金と預貯金、会社を後継者に譲って入った退職金、母から譲られた地方の土地や不動産。取り崩していっても、女ひとりが暮らすには十分な額だけど、長寿の家系なので100歳くらいまで生きるかもしれないって思うと、ちょっと不安。100歳といえば、あと40年もあるわけじゃない? 今の考え方や生き方を貫くためにも、この辺で100歳までの資産設計を立てておこうと思っているの。途中で軍資金が切れたら悲惨ですものね。」
文恵さん、お見事! 釈迦に説法ですが、個人の資産設計も企業のCRE(企業不動産)戦略と同じです。バブル崩壊後、企業が何をしたか? どんどん遊休地や低未利用地を売却しました。本社ビルさえ売却し、リースバックして借金を圧縮しました。土地の価格は下がり、デフレ経済が続いていますから、未だに企業は資産と事業のリストラを続け、アセットライトな経営を目指しています。 文恵さんの資産は金融資産と不動産がほぼ半分ずつ。資産設計を考える際、知り合いのコンサルタントは「個人も企業と同様に、経営指標であるROA(総資産利益率)で資産が有効に活用されているかを常に見直すべきだ」とアドバイスしています。 ROA(%)= 当期純利益 ÷ 総資産 × 100 たとえば、時価10億円の資産があって年間純利益が1,000万円としたら、ROAは1%です。これでは経営者なら即刻クビですよね。でも、個人の場合はこんな状態になっているケースが多いようです。年間1,000万円も収益があれば、食べていけるからでしょう。 注意すべきは、資産デフレで「総資産」そのものの価値が目減りしていることです。一般に地主さんは家賃が下がったり、空室が増えたりして収入が落ちることは心配しますが、資産そのものの価値が落ちていることに気づきません。 賢明な文恵さんならもうやるべきことに気づかれたと思います。そう、資産デフレで今後も価値が下がる地方の不動産や、十分な収益を上げていないのに税制上は評価の高い不動産をどんどん処分し、都心や海外の収益力のある不動産に置き換えること。今後40年というタームで考えれば、リスクヘッジのために金融資産の国際的な分散投資も検討しておくほうが良いでしょう。 「でも、難しそうだわ」ですって? 自分で全部やろうとしたら確かに大変ですが、報酬を払って信頼できるプロにアセットマネジメント(資産運用)をしてもらえば良いのです。そのほうが費用対効果も高く、ストレスも少なくて済みます。会社を興して立派に経営なさってきた経験と実積があるのですから、きっとプロを選ぶ目もあるはず。体力、気力があり、頭脳明晰な間に、今後40年間の軍資金が自動的に増えていくようなシステムをつくり上げ、人生を謳歌してください。経営感覚をお持ちの文恵さんならきっとできますよ!
不動産ジャーナリスト。1978年、青山学院大学卒。「住宅画報」編集、「住宅新報」記者を経て1995年に独立、専門誌や経済誌を中心に住宅・不動産関係の記事を執筆する。