「進取の気性」と「顧客志向」がルーツ

三井高利「越後屋」創業

今からおよそ340年前、三井高利が江戸日本橋に呉服店「越後屋」を創業。「現金安売り掛け値なし」という、画期的な商法で飛躍的に発展しました。三井不動産には、「進取の気性」と「顧客志向」がそのルーツにあります。「越後屋」はその後、事業の幅を広げ「三井合名会社」となりました。

創始者 三井高利
(公益財団法人三井文庫所蔵)

その後の日本のビル建設に大きく影響

三井本館建設

関東大震災の荒廃を受け、「震災の2倍のものが来ても壊れないものを作るべし」という号令のもと、規模・技術および文化性において国際的な水準のビルの建設に取り組みました。工期964日、延べ人数58万8193人を要した大工事は、わが国のビル建設に大きな影響を与えました。国の重要文化財として指定され、完成後85年を経た現在も使用されています。

建築中の様子

三井不動産設立

「三井合名会社」の、不動産を管理する不動産課が、1941年に独立。「三井不動産」が誕生しました。

設立当時の社内の様子

海を大地に変える

京葉臨海地区の埋立事業

1950年代後半の高度経済成長期を前に、臨海部の埋め立て事業に取り組みました。この埋め立て事業は、大規模コンビナートや企業団地の形成に大きく寄与。これを機に、三井不動産はオーガナイザーとしての「デベロッパー」への道を歩みはじめました。70年代以後は、新しい住宅やオフィスなどができ、いまでは多くの人が暮らし、働き、訪れる拠点となっています。

夢と魔法の王国実現に向けて

東京ディズニーランドのオープンを支援

1960年に東京ディズニーランドの運営会社である(株)オリエンタルランド(以下、OLC)の設立に携わりました。その後、OLCがウォルト・ディズニー社との交渉等を行い、1983年、ついに東京ディズニーランドがオープンしました。今まで国境を越えたことのなかったディズニーランドが、長い準備期間を経て、日本の地で新しいエンターテイメントの幕を開いたのです。

※事業主体:
株式会社オリエンタルランド©ディズニー

超高層時代を切り拓いたビル

霞が関ビルディング

高度成長期、悪化する都市環境の解決策としての高度利用が、日本初の超高層ビル「霞が関ビルディング」でした。地震大国日本での超高層ビル実現のため導入された「柔構造」やH形鋼、カーテンウォール、高速エレベーターなどは、産学界挙げての取り組みがあってのものでした。その後メンテナンスとリニューアルを繰り返し、機能を向上させ、現在でも魅力ある都市空間をつくりだしています。

上棟式の様子

日本の住宅に新たな発想を

住宅事業の本格化

三田綱町パークマンション
わが国最初の高層マンション「三田綱町パークマンション(71年竣工、19階)」は、東京タワー、霞が関ビルディングに次ぐ、日本における第3の高層建築物として誕生。「空に住まう」という視点は、当時大きな話題に。「眺望を売る」という発想もまさに画期的でした。その後の超高層住宅による新たな環境創造の可能性を示した物件です。

サンシティ
1980年に完成した「サンシティ」では、「経年優化」という思想が生まれました。「自然との共生や、人と人との触れ合い、“同じ街”に暮らす仲間意識」これらを新しい街の“核”に据え、「木々が育つように、命が集い、人と人との繋がりが増える街はできるはず」という考えのもと、入居者による植樹祭などを催し、約5万本の樹木を植樹。現在では里山のような森になり、入居者のコミュニティ活動の場として親しまれています。この「経年優化」という思想は、その後の三井不動産のすべてのプロジェクトに受け継がれています。

竣工当時のサンシティ

新しいライフスタイルを創造

三井ショッピングパーク
ららぽーと TOKYO-BAY

日本初のアメリカ型ショッピングセンター「ららぽーと」。ショッピング以外にも、充実した時間を過ごせる場所を提供することをコンセプトに、劇場やカルチャーセンター、幼児の一時預かり所なども併設。開業30年を経過したいまも、お客さまや時代のニーズに合わせ、増床やリニューアルを重ねて、累積売上は1兆円を超えました。地域コミュニティの核として街づくりの中心的な役割を担っています。

グローバルへの展開

ハレクラニオープン

三井不動産は1972年以来、グループとして世界各地でさまざまな事業を展開してきました。1984年には、米国三井不動産の子会社ハレクラニコーポレーションを設立し、由緒あるハワイの老舗ホテルである「ハレクラニ」を全面的に建て替えオープン。以後、直接運営を行っています。

ウォーターフロント開発の先進モデル

大川端リバーシティ21

下町の風情を残す中央区佃島エリアの「リバーシティ21」は、地価高騰や定住人口の減少など、都心の抱える問題を解決する街づくりを目指す官民一体のプロジェクトとして注目を浴びました。ウォーターフロント開発の先駆けとして、「都心に住まう」という新しい暮らしを提案しました。

日本初のアウトレットモール開発

三井アウトレットパーク大阪鶴見

1980年代にアメリカで生まれたアウトレットモールを日本で実現しました。前例がなかったので、テナント誘致などには苦戦しましたが、工場からの直接仕入れにより人気ブランド商品を手頃な価格で販売するという手法は注目を集め、いまでは日本全国12か所で三井アウトレットパークを展開するまでに拡がりました。

日本初、不動産の証券化

日本ビルファンド投資法人

バブル崩壊後、不動産業界は新たなビジネスモデルの構築が求められるようになりました。そこで三井不動産が推し進めたのが、不動産の証券化。「日本ビルファンド投資法人」を設立し、東京証券取引所の不動産投資信託証券市場(J-REIT)へ上場。不動産投資信託のパイオニアとしての扉を開きました。

残しながら、蘇らせながら、創っていく

日本橋再生計画

2004年「COREDO日本橋」のオープンから、2005年の「日本橋三井タワー」竣工、三井本館の「三井記念美術館」開館を皮切りに、「日本橋再生計画」がスタートしました。2014年3月には、「COREDO室町2、3」や「福徳神社」の再建など、日本橋に賑わいを復活させました。今後さらなる開発が予定されており、日本橋はさらに進化していきます。

Diversity on the Green

東京ミッドタウン

防衛庁本庁檜町庁舎跡地という東京の中心に残された10ヘクタールの土地をどう活用するか。三井不動産の街づくりの集大成ともいえる「東京ミッドタウン」。オフィス、商業、住宅にとどまらず、アートやホテル、メディカルセンターなどが有機的に機能すること、そして「緑」との共生を新しい価値観として提示しました。働くこと、住むこと遊ぶこと、憩うこと、すべてが一体となることで何かが生まれる。ミッドタウンはそんな街であり続けています。

ミッドタウンを象徴するビッグキャノピー

国家的課題に挑む。
スマートシティの実現へ

柏の葉スマートシティ

柏の葉スマートシティは、「環境共生」「健康長寿」「新産業創造」の3つを街づくりのテーマに掲げ、官民公が連携したスマートシティを推進しています。課題解決型の先進的な街づくりのモデルを国内外に展開していきます。

さらなる発展へ。海外事業の展開

マレーシア・台湾
アウトレット
55ハドソンヤード

三井不動産が、日本国内で培ってきた街づくりのノウハウを活かし、これからの成長分野と位置づけているのが海外事業です。マレーシア、台湾でのアウトレットに加え、上海では「ららぽーと」の計画を推進。ロンドンでの「テレビジョンセンター再開発計画」やニューヨークでの「55ハドソンヤード」開発事業参画など、さらなる発展を目指しています。

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