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このお守りを、どうしても、どうしても渡したくなった理由。
部長が定年する。正確に言うと元部長だ。
会社では真面目すぎたせいか出世はしなかった。
いつも一次会でいつのまにか帰ってしまうひとだった。
私が新入社員のときの部長だった。
夕方になると総務の女の子が部長に花束を渡した。
数人で部長の席の前にいって挨拶をした。
照れくさそうにありがとうありがとうと部長は繰り返した。
こんなものか。40年近くも毎日働いて来た会社を去るときは
こんなふうに淡々とするものなのか。会社はそうやって
静かに新陳代謝をするものなのか。
そう思うと、なんだか淋しくて少し悔しかった。
「こんど飲みに行きませんか」
私の唐突な誘いに部長は嬉しそうに微笑んだ。
「日本橋に教えたい店があるんだ」

約束の日。私は新しくなった日本橋の福徳神社に立ち寄った。
そこにあるお守りを買うためだった。芽吹き守。
その昔、鳥居の柱から芽がでてきたことがあって、
それ以来新しい何かを始めるときのお守りができたそうだ。
お守りを渡すと部長はちょっと怪訝な顔をした。
「定年なのに」
「定年だからです」
新しい何かを始めてください。
私がそう言うと部長は嬉しそうにビールを一気に飲み干した。
いい街には、物語がある。
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