三井不動産グループの価値づくりのあゆみ

三井不動産グループの価値づくりのあゆみ

三井不動産グループは創業以来、「街づくりを通じた価値づくり」に一貫して取り組んできました。つねに社会と環境との共生に配慮しながら、人々の健やかなくらしを支えてきました。ここに三井不動産が永年取り組んできた価値づくりのあゆみと、未来に向けて取り組んでいくこれからのビジョンをご紹介します。

つねにニーズの一歩先を見据えた街を

時代の変化を先取りした街づくりで、新しいライフスタイルを創出してきました。

1673年
江戸時代の日本橋「越後屋」
「進取の気性」と「顧客志向」
~三井高利「越後屋」創業~

今から約340年前、三井高利が江戸日本橋に呉服店「越後屋」を創業。「現金安売り掛け値なし」という画期的な商法で飛躍的に発展しました。そうした「進取の気性」と「顧客志向」を三井不動産グループは受け継いでいます。「越後屋」はその後、事業の幅を広げ「三井合名会社」となりました。

1929年
竣工当時の「三井本館」(東京都中央区)
震災の2倍の地震でも壊れないものを
~復興のシンボル「三井本館」~

関東大震災の約6年後、1929年に「三井本館」は竣工しました。「震災の2倍の地震が来ても壊れないものを」という号令のもと、誕生したモダンなオフィスビルは、「荒廃からの復興のシンボル」として人々に希望とエネルギーを与えました。ここに私たちがめざす「安全・安心」のルーツがあります。

1941年
三井不動産創立

1909年に設立された三井合名会社の所有不動産を管理する「不動産課」が分離独立し、1941年、三井不動産が創立されました。それ以降、三井不動産は日本の新しい国づくりに貢献するという使命感とともに、街づくりを通じた世の中への貢献を続けてきました。

  • 創立当時の社内の様子
1950~年
京葉臨海地区
海を大地に変える
~京葉臨海地区の埋立事業~

1950年代後半、新たな住宅地や生産拠点を求める社会のニーズに応え、東京湾に面した千葉県臨海部の埋立事業に取り組みました。「土地を探すのではなく、つくる」という発想の転換で、大規模コンビナートや企業団地の形成に寄与。やがてこのエリアには新しい住宅やオフィスなども誕生し、今では多くの人が暮らし、働き、訪れる拠点となっています。

1960年
開発中の東京ディズニーランド
※事業主体:株式会社オリエンタルランド©ディズニー
東京ディズニーランドのオープンを支援

1960年、東京ディズニーランドの運営会社である(株)オリエンタルランドの設立に携わりました。その後、同社はウォルト・ディズニー社との交渉等を行い、1983年、ついに東京ディズニーランドがオープン。今まで国境を越えたことのなかったディズニーランドが、長い準備期間を経て、日本の地で新しいエンターテイメントの幕を開いたのです。

1968年
竣工当時の「霞が関ビルディング」(東京都千代田区)
超高層が可能にした都心の広場空間
~「霞が関ビルディング」~

ビルを超高層化することで、足元の敷地に緑豊かなオープンスペースを創出する―。日本の超高層時代を切り開いた「霞が関ビルディング」は、人間性の回復や社会との関わりを視野に入れた街づくり「都市再生」の先駆的な試みでした。

1971年 1980年
「三田綱町パークマンション」(東京都港区)
森に囲まれた現在の「サンシティ」(東京都板橋区)
日本の住宅に新たな発想を
~「三田綱町パークマンション」と「サンシティ」~

「霞が関ビルディング」に続き、わが国初の高層マンション「三田綱町パークマンション」では住環境における新たな価値創造に挑戦。また分譲マンション「サンシティ」では、「経年優化」の思想が生まれました。「木々が育つように、命が集い、人と人とのつながりが増える街」をめざして、入居者などが約5万本の樹木を植樹。現在では里山のような森に育っています。この「経年優化」という思想は、現在も私たちの街づくりの中に生きています。

1981年
オープン当時の「ららぽーとTOKYO-BAY」(千葉県船橋市)
新しいライフスタイルの創造
~三井ショッピングパーク「ららぽーとTOKYO-BAY」~

「週末をショッピングセンターで過ごす」という新たなライフスタイルを生み出した「ららぽーとTOKYO-BAY」。「ららぽーと」は、商業施設の枠を超えた「地域コミュニティの核」として、街づくりに重要な役割を担っています。

1984年
現在の「ハレクラニ」(ハワイ・オアフ島)
グローバルへの展開
~ホテル「ハレクラニ」~

グループとして世界各地で事業を展開する中、1984年には、米国三井不動産の子会社ハレクラニコーポレーションを設立。ハワイの老舗ホテル「ハレクラニ」を全面的に建て替えてオープンし、以後、直接運営を行っています。

1986年
「大川端リバーシティ21」(東京都中央区)
都心の抱える課題の解決へ
~「大川端リバーシティ21」~

地価高騰や定住人口の減少など、都心の抱える問題の解決をめざした官民一体のプロジェクト「大川端リバーシティ21」。住宅・商業施設・オフィスなど多様な都市機能と豊かな自然が調和した街づくりは、ウォーターフロント開発の先進モデルとなりました。