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慶応義塾大学 理工学部システムデザイン工学科 教授 伊香賀 俊治 氏慶応義塾大学 理工学部システムデザイン工学科 教授 伊香賀 俊治 氏

レッツプラザ2018年1月号

暖かくして健やかに。住まいの断熱性能と健康との深い関係。
住宅の健康リスク― 暖かい家で暮らせば健康寿命はもっと延ばせる。

毎日を過ごす住まいが、私たちの健康に少なからぬ影響を及ぼしていることをご存じですか?例えば、ホルムアルデヒドなどの化学物質や湿度、通気性など様々な要素の影響が考えられますが、中でも大きな因子と言われているのが屋内の室温。より暖かい住まいに暮らすことで、寒い家で生活するよりも健康寿命を延ばせることが近年データで実証されつつあります。

そこで今回は、「健康」「知的生産性」「低炭素」といった切り口で幅広い研究活動に取り組む慶應義塾大学理工学部教授の伊香賀俊治氏に、住まいと健康状態の深い関係や健やかに暮らせる居住空間づくりのヒントなどについてお話をお聞きしました。

暖かい住まいに暮らす人は病気になりにくい

私は「建築・都市のサステナブルデザイン」というテーマで、持続可能な都市・地域・建築のあり方を研究してきましたが、その一環として、シックハウス問題や夏季の屋内での熱中症、冬季の自宅での入浴事故といった住まいの健康問題も取り扱うようになりました。研究を進めていく中で明らかになってきたのは、住まいがそこで暮らす人の健康状態に影響を及ぼしており、特に大きな影響を及ぼすのが住まいの「室温」だということです。端的に言えば、暖かい家に暮らす人は、寒い家に暮らす人よりも病気になりにくく、健康寿命も長くなる傾向にあります。

私自身の取り組みも含め、こうした住まいと健康に関する研究が日本で本格化し始めたのは、まだ10年ほど前のことで、比較的歴史の浅い研究領域です。こうした日本の状況は、諸外国、特にヨーロッパに比べて遅れていると言わざるを得ません。例えばイギリスでは1990年頃から健康や安全性、心理面や感染症防止といった観点で建物の総合的な性能を評価する制度が整備され始めています。現在では、冬季に心疾患や脳卒中による死亡者を大きく増加させる室温の低い住まいなど、入居者の心身に悪影響を及ぼす危険性の高い賃貸住宅には改善命令や強制改修、場合によっては閉鎖や解体といった厳しい措置が取られることもあるほどです。

とりわけ「室温」という因子に着目すると、冬季の死亡者数の増加率をヨーロッパ全土で調査した統計データによれば、住まいの断熱性能が高い北部の寒冷な国よりも、住まいの断熱化に関心の低い南部の温暖な国の方が、むしろ冬季の死亡増加率が大きいことがわかっています。実は、これとほぼ同じ因果関係が、日本の47都道府県を調査した結果にも表れています。冬季死亡増加率が最も低いのは寒冷な北海道、反対に最も高いのは比較的温暖な栃木県だったのです。

寒さや温度差がもたらす健康への様々なリスクとは

こうしたデータからもわかるように、寒い住まいは健康に様々なリスクをもたらします。脳卒中などの要因となる血圧の上昇、肺炎などを発症させる肺の抵抗力弱体化、心筋梗塞などを引き起こす血液の濃化などがその代表的なものです。血圧を例に取ると、一般に40歳を過ぎると室温の低下で血圧が上昇するようになりますが、この傾向は高齢になるほどより顕著になります。私たちが「健康長寿を実現する住まいとコミュニティの創造」というテーマで実証実験に取り組んでいる高知県梼原町では、室温5℃の住まいから17℃の体験型モデル住宅に移った人の血圧が32㎜Hgも下がったケースもありました。

低い室温に加えて気をつけたいのが、居室間の温度差による「ヒートショック」です。例えば、暖かいリビングから寒い廊下や脱衣場などへ移動する際の急激な温度差は、血圧や脈拍を大きく変動させ、脳出血や脳梗塞、心筋梗塞といった致命的な疾患の引き金となります。

また、室温が寒いと結果的に灯油ストーブや石油ファンヒーターの使用が増えて室内の空気が汚れ、呼吸器に悪影響を及ぼすなど副次的なリスクも高まるでしょう。さらに、室温は人の運動量にも影響を及ぼします。時間帯や居室間で気温差が大きくなる住まいで暮らす人は、時間・場所を問わず暖かい住まいで暮らす人よりも、活動量が明らかに低下してしまうのです。運動不足は様々な生活習慣病の要因にもなりますし、寒さで身体の動きが鈍くなることで高齢者の転倒事故などもより起こりやすくなります。住まいの温熱環境を改善することで、こうしたリスクを遠ざけることができるでしょう。

なお、住まいの断熱性能を高めることで防げるのは冬の寒さだけではありません。夏の暑さも「断熱」することで家の中が過度に高温になるのを防ぎ、高齢者に多い室内での熱中症リスクを低減することができるのです。

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