京都市において3施設目となる「三井ガーデンホテル京都新町 別邸」が、2014年春に開業しました。京都らしい町家造りの建物が数多く残された京都新町通の地に、どのようなホテルスタイルを提案していくのか。この課題に取り組んだ2人の活躍をご紹介します。
※掲載されている部署名はプロジェクト担当時のものです。


株式会社大丸松坂屋百貨店が所有する「旧松坂屋京都仕入店建物」跡地に、ホテルを建設し、竣工後に三井不動産グループが賃借し、ホテル運営を行うというプロジェクト。旧建物の外観、意匠を継承しながら、新町通の街並みに調和した施設を計画。「伝統・継承・再生」をテーマに、新しいホテルスタイルを提案していく。

京都市において3施設目となる「三井ガーデンホテル京都新町 別邸」が、2014年春に開業しました。京都らしい町家造りの建物が数多く残された京都新町通の地に、どのようなホテルスタイルを提案していくのか。この課題に取り組んだ2人の活躍をご紹介します。
※掲載されている部署名はプロジェクト担当時のものです。

株式会社大丸松坂屋百貨店が所有する「旧松坂屋京都仕入店建物」跡地に、ホテルを建設し、竣工後に三井不動産グループが賃借し、ホテル運営を行うというプロジェクト。旧建物の外観、意匠を継承しながら、新町通の街並みに調和した施設を計画。「伝統・継承・再生」をテーマに、新しいホテルスタイルを提案していく。

企画
飯田 彦太郎
2001年入社
アコモデーション事業本部
ホテル事業部 事業グループ

今回の事業の起点となる情報が、京都支店からもたらされたのは、2010年のことでした。すでに京都支店では、マーケットボリュームが大きく安定的な賃貸住宅事業の可能性を模索していたようですが、日頃ホテル用地の情報収集もお願いしていたこともあり、用途としてホテルもあり得るのではないかということで、我々ホテル事業部に打診をしてくれました。大丸松坂屋百貨店が保有するというその敷地は、町家造りの建物を多く残す京都新町通に面していました。入社後の7年間、関西支社に勤務していた私は、京都を度々訪ねていたので、昔ながらの風情ある街並みをすぐにイメージできました。かつ、祇園祭では山や鉾が立ち並ぶ場所との認識もあったので、観光客を呼び込める立地であると直感。前向きに検討すべきだと考え、プロジェクトの実現可能性を探るフィージビリティ・スタディをスタートさせました。施設の規模やホテルのコンセプト、客室やパブリックスペースの設(しつら)えやデザインなどの方向性も検討し、マーケット調査等により想定される販売計画をもとに、収支等のパフォーマンスをはじき出していくのです。こうした定量的な分析の結果、賃貸住宅に勝る事業性能があることが確認できたばかりではなく、観光やビジネスユースのお客様に選んでいただけるホテルとして、高いポテンシャルを持つ立地であるという確信を得ることができました。



こうした分析結果を踏まえて、事業の方向性を定め、どのようなコンセプトで施設を計画し、運営していくべきかを考えていくのが、私たち企画チームの仕事です。どんな色をつけていくべきかを考え、それらを整理し、社内でも理解を得た後に、事業主となる大丸松坂屋百貨店との交渉に臨みました。今回の事業スキームは、保有地の有効利用を考える事業主にホテルを建設していただき、この建物を三井不動産が長期にわたって賃借し、グループ会社の三井不動産ホテルマネジメントが運営にあたるというものです。これを事業として成り立たせるためには、何よりも事業主にとって魅力ある提案がなされなければなりません。このため何度も事業主のもとに足を運び、その意向を確認しながら、事業の骨格を固めていきました。こうした度重なるヒアリング、提案と交渉の末、2011年春には基本合意書を締結し、さらに詳細な条件面の詰めを行っていくことになります。当初、保有地にホテルを建設し、その運営を委ねるという活用方針は、事業主にとって選択肢のひとつに過ぎませんでした。そこから徐々に理解を深めていただき、同じ方向を向いて協議を継続できるようになったことは、私たちにとって大きな前進でした。

私たちはすでに、京都市内に2つのホテルを所有・運営してきました。「三井ガーデンホテル京都三条」「三井ガーデンホテル京都四条」という2つの施設運営で得たノウハウを継承しながらも、さらに新しい付加価値を持った、味付けの異なるホテルをここにつくり込むべきだと考えていました。その方向性を定める糸口となったのは、2011年に入ってすぐに行った旧建物の内覧でした。明治36年に築造されたというその建物は、それが辿ってきた歴史を静かに物語るように息づいていました。敷石や太い梁など、内部の空間を構成する部材一つひとつが、伝統的な匠の技に裏づけられた文化的価値を主張していたのです。それを目の当りにして、できることならこの建物を残したいと思いました。しかし、防災上の問題があることが分かり、伝統の継承を「再生」により成し、かつてこのような建物が存在したと偲ばれるようなホテルに仕上げるべきだと考えました。同時にそのことが、京都の町家の風情を色濃く残す地に建つホテルに、お客様を迎え入れる引力となり、お客様がこのホテルを愛用される要素にもなるはずだとも考えました。こうした私たちの想いを伝えて理解を求め、事業推進のための諸条件を整理し、事業協定の締結に至ったのは2011年秋のこと。その後、開業へと向かうプロジェクトの進行を事業チームに託して、私たちは次なる事業機会の獲得に向け、始動しました。


事業
岡本 彩子
2007年入社
アコモデーション事業本部
ホテル事業部 事業グループ

プロジェクトを担当することになってまず感じたのは、旺盛な観光需要が見込める京都市内の中でも、類い稀なる好立地の物件であるということ。加えて、文化的な建築物の再生という使命を帯びたプロジェクトに携わることに、さらにやりがいを感じました。また、15mという高さ規制のあるエリアでしたので、厳しい制約の中でいかに事業性の高い施設として完成させられるかが、大きな課題となります。まさに、私たち開発担当の真価が問われることになるプロジェクトである、と気を引き締めました。最初に行うべきことは、設計・施工者を決定し基本設計を固めることです。入札によって施工者が決定した2011年11月末以降、まずは事業協定の締結段階の計画を見直し、精査することからスタートしました。より質の高いサービスが提供できるように運営サイドの声を反映させ、宿泊客の要望を満たし、その期待を上回る魅力あるホテルとするために、施設計画全体をブラッシュアップしていくのです。具体的には京都市内既存2施設でのノウハウを活かし、大浴場とレストランをより広くできるよう1階の施設配置を変更したり、効率的な運営のためにバックオフィスを見直したりしました。



その後も、設計者や施工者との協議を繰り返し、基本設計から実施設計へとプランを練り上げていきます。今回のプロジェクトでは、「再生」というテーマのもと関係者がそれぞれに強い想いとこだわりをもって取り組んでくれました。1、2階の低層部は町家のファサードイメージを再生する計画でしたが、瓦や格子などのディテールにまでこだわったつくり込みをしてくれるなど、施工フェーズにおいても現場のモチベーションは高く維持されていました。しかし、そこに至るまでのプロセスは簡単なものではなく、プロジェクトが始まった頃は関係者同士の意思疎通がうまくいかず、会議がギクシャクすることもありました。そんなムードを変えたいと考えていたときに、設計者から、外壁を吹き付け塗装からコンクリート打ち放し(暗色塗装)へ変更しないかという提案がありました。伝統的な低層階に対して、側面と上層階をモダンな仕上げとすることでコントラストが効き、また色を抑えてぐっと引きしめることでより低層部が引き立つ美しい外観にしたいと言うのです。今回のプロジェクトの現場所長はコンクリート打ち放しで多くの実績を残されている方で、この所長だからこそ、自信を持って打ち放しを提案したいということでした。実際に設計者と所長と、所長が手がけた建物を見に行くと、それはもう鳥肌が立つほどの見事な壁面で、私自身も「この所長の打ち放しをこの現場で見てみたい」と強く想いました。社内ではコンクリート打ち放しに対する抵抗感が強く、その説得のために多くの時間を要しましたが、現場の想いを尊重し、それに自らの想いをシンクロさせて説得にあたり、設計者を巻き込みながら熱弁を繰り返すことで実現に導くことができました。このハードルをひとつ乗り越えたことで、互いの信頼感が増し、現場に一体感が生まれるようになっていきました。

こうしてプロジェクトがようやく軌道に乗りはじめた頃、出張先に私の異動を伝える連絡が届きました。手がけてきたプロジェクトの完成を見届けることができないことは、とても残念でしたが、すぐに気持ちを切り替えました。残された1か月の間にできることは、すべてやりきろうと考えたのです。ちょうどインテリアのデザインを決めているタイミングでしたので、デザイナーの方々から「この1か月で決められる部分は前倒して進めましょう!」と通常の倍以上のスピードでデザインを提案いただき、1か月一緒に走り続けたことは一生忘れられません。デザイナーの方々とはそれまでにも協働することが多く、上海や香港のホテル視察にも同行して共に学ぶ中で、これまでの三井ガーデンホテルにはない空間を実現することができたと自負しています。空間全体の明るさに配慮しながら床壁素材や照明の使い方にこだわったり、フロントカウンターの見せ方にこだわったり、色彩のアクセントのつけ方や木の使い方など、新たなホテル作りができたと考えています。私たちデベロッパーの仕事は、自分の想いをカタチにするというよりも、プロジェクトを支えてくれる多くの専門家の想いを汲み取り、それを尊重して、最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることなのだと思います。ホテル運営に関わる機能面の確保など、守らなければならないことはしっかりと主張します。けれど、コストを気にするあまり迷走している状況が見えるのなら、何とかやりくりをしてその縛りを取り去る。そうして良い提案を引き出すことができれば、プロジェクトのパフォーマンスは向上していくはずです。みんなが同じ方向を向き、一つになるために舵をとる。私たちが果たすべき役割とその重要性について、あらためて気付くことができました。


企画
飯田 彦太郎
2001年入社
アコモデーション事業本部
ホテル事業部 事業グループ

今回の事業の起点となる情報が、京都支店からもたらされたのは、2010年のことでした。すでに京都支店では、マーケットボリュームが大きく安定的な賃貸住宅事業の可能性を模索していたようですが、日頃ホテル用地の情報収集もお願いしていたこともあり、用途としてホテルもあり得るのではないかということで、我々ホテル事業部に打診をしてくれました。大丸松坂屋百貨店が保有するというその敷地は、町家造りの建物を多く残す京都新町通に面していました。入社後の7年間、関西支社に勤務していた私は、京都を度々訪ねていたので、昔ながらの風情ある街並みをすぐにイメージできました。かつ、祇園祭では山や鉾が立ち並ぶ場所との認識もあったので、観光客を呼び込める立地であると直感。前向きに検討すべきだと考え、プロジェクトの実現可能性を探るフィージビリティ・スタディをスタートさせました。施設の規模やホテルのコンセプト、客室やパブリックスペースの設(しつら)えやデザインなどの方向性も検討し、マーケット調査等により想定される販売計画をもとに、収支等のパフォーマンスをはじき出していくのです。こうした定量的な分析の結果、賃貸住宅に勝る事業性能があることが確認できたばかりではなく、観光やビジネスユースのお客様に選んでいただけるホテルとして、高いポテンシャルを持つ立地であるという確信を得ることができました。

こうした分析結果を踏まえて、事業の方向性を定め、どのようなコンセプトで施設を計画し、運営していくべきかを考えていくのが、私たち企画チームの仕事です。どんな色をつけていくべきかを考え、それらを整理し、社内でも理解を得た後に、事業主となる大丸松坂屋百貨店との交渉に臨みました。今回の事業スキームは、保有地の有効利用を考える事業主にホテルを建設していただき、この建物を三井不動産が長期にわたって賃借し、グループ会社の三井不動産ホテルマネジメントが運営にあたるというものです。これを事業として成り立たせるためには、何よりも事業主にとって魅力ある提案がなされなければなりません。このため何度も事業主のもとに足を運び、その意向を確認しながら、事業の骨格を固めていきました。こうした度重なるヒアリング、提案と交渉の末、2011年春には基本合意書を締結し、さらに詳細な条件面の詰めを行っていくことになります。当初、保有地にホテルを建設し、その運営を委ねるという活用方針は、事業主にとって選択肢のひとつに過ぎませんでした。そこから徐々に理解を深めていただき、同じ方向を向いて協議を継続できるようになったことは、私たちにとって大きな前進でした。

私たちはすでに、京都市内に2つのホテルを所有・運営しています。「三井ガーデンホテル京都三条」「三井ガーデンホテル京都四条」という2つの施設運営で得たノウハウを継承しながらも、さらに新しい付加価値を持った、味付けの異なるホテルをここにつくり込むべきだと考えていました。その方向性を定める糸口となったのは、2011年に入ってすぐに行った旧建物の内覧でした。明治36年に築造されたというその建物は、それが辿ってきた歴史を静かに物語るように息づいていました。敷石や太い梁など、内部の空間を構成する部材一つひとつが、伝統的な匠の技に裏づけられた文化的価値を主張していたのです。それを目の当りにして、できることならこの建物を残したいと思いました。しかし、防災上の問題があることが分かり、伝統の継承を「再生」により成し、かつてこのような建物が存在したと偲ばれるようなホテルに仕上げるべきだと考えました。同時にそのことが、京都の町家の風情を色濃く残す地に建つホテルに、お客様を迎え入れる引力となり、お客様がこのホテルを愛用される要素にもなるはずだとも考えました。こうした私たちの想いを伝えて理解を求め、事業推進のための諸条件を整理し、事業協定の締結に至ったのは2011年秋のこと。その後、開業へと向かうプロジェクトの進行を事業チームに託して、私たちは次なる事業機会の獲得に向け、始動しました。

事業
岡本 彩子
2007年入社
アコモデーション事業本部
ホテル事業部 事業グループ

プロジェクトを担当することになってまず感じたのは、旺盛な観光需要が見込める京都市内の中でも、類い稀なる好立地の物件であるということ。加えて、文化的な建築物の再生という使命を帯びたプロジェクトに携わることに、さらにやりがいを感じました。また15mという高さ規制のあるエリアでしたので、厳しい制約の中でいかに事業性の高い施設として完成させられるかが、大きな課題となります。まさに、私たち開発担当の真価が問われることになるプロジェクトであると気を引き締めました。最初に行うべきことは、設計・施工者を決定し基本設計を固めることです。入札によって施工者が決定した2011年11月末以降、まずは事業協定の締結段階の計画を見直し、精査することからスタートしました。より質の高いサービスが提供できるように運営サイドの声を反映させ、宿泊客の要望を満たし、その期待を上回る魅力あるホテルとするために、施設計画全体をブラッシュアップしていくのです。具体的には京都市内既存2施設でのノウハウを活かし、大浴場とレストランをより広くできるよう1階の施設配置を変更したり、効率的な運営のためにバックオフィスを見直したりしました。

その後も、設計者や施工者との協議を繰り返し、基本設計から実施設計へとプランを練り上げていきます。今回のプロジェクトでは、「再生」というテーマのもと関係者がそれぞれに強い想いとこだわりをもって取り組んでくれました。1、2階の低層部は町家のファサードイメージを再生する計画でしたが、瓦や格子などのディテールにまでこだわったつくり込みをしてくれるなど、施工フェーズにおいても現場のモチベーションは高く維持されていました。しかし、そこに至るまでのプロセスは簡単なものではなく、プロジェクトが始まった頃は関係者同士の意思疎通がうまくいかず、会議がギクシャクすることもありました。そんなムードを変えたいと考えていたときに、設計者から外壁を吹き付け塗装からコンクリート打ち放し(暗色塗装)へ変更しないかという提案がありました。伝統的な低層階に対して、側面と上層階をモダンな仕上げとすることでコントラストが効き、また色を抑えてぐっと引きしめることでより低層部が引き立つ美しい外観にしたいと言うのです。今回のプロジェクトの現場所長はコンクリート打ち放しで多くの実績を残されている方で、この所長だからこそ、自信を持って打ち放しを提案したいということでした。実際に設計者と所長と、所長が手がけた建物を見に行くと、それはもう鳥肌が立つほどの見事な壁面で、私自身も「この所長の打ち放しをこの現場で見てみたい」と強く想いました。社内ではコンクリート打ち放しに対する抵抗感が強く、その説得のために多くの時間を要しましたが、現場の想いを尊重し、それに自らの想いをシンクロさせて説得にあたり、設計者を巻き込みながら熱弁を繰り返すことで実現に導くことができました。このハードルをひとつ乗り越えたことで、互いの信頼感が増し、現場に一体感が生まれるようになっていきました。

こうしてプロジェクトがようやく軌道に乗りはじめた頃、出張先に私の異動を伝える連絡が届きました。手がけてきたプロジェクトの完成を見届けることができないことは、とても残念でしたが、すぐに気持ちを切り替えました。残された1か月の間にできることは、すべてやりきろうと考えたのです。ちょうどインテリアのデザインを決めているタイミングでしたので、デザイナーの方々から「この1か月で決められる部分は前倒して進めましょう!」と通常の倍以上のスピードでデザインを提案いただき、1か月一緒に走り続けたことは一生忘れられません。デザイナーの方々とはそれまでにも協働することが多く、上海や香港のホテル視察にも同行して共に学ぶ中で、これまでの三井ガーデンホテルにはない空間を実現することができたと自負しています。空間全体の明るさに配慮しながら床壁素材や照明の使い方にこだわったり、フロントカウンターの見せ方にこだわったり、色彩のアクセントのつけ方や木の使い方など、新たなホテル作りができたと考えています。私たちデベロッパーの仕事は、自分の想いをカタチにするというよりも、プロジェクトを支えてくれる多くの専門家の想いを汲み取り、それを尊重して、最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることなのだと思います。ホテル運営に関わる機能面の確保など、守らなければならないことはしっかりと主張します。けれど、コストを気にするあまり迷走している状況が見えるのなら、何とかやりくりをしてその縛りを取り去る。そうして良い提案を引き出すことができれば、プロジェクトのパフォーマンスは向上していくはずです。みんなが同じ方向を向き、一つになるために舵をとる。私たちが果たすべき役割とその重要性について、あらためて気付くことができました。