2016年1月27日、台湾新北市林口区に、台湾北部最大のアウトレットモールが開業しました。いくつもの課題を乗り越え、台湾初の事業となったプロジェクトを開業へと導いた2人の活躍を紹介します。
※掲載されている部署名はプロジェクト担当時のものです。


事業地は、台北の中心部から車で約30分、桃園国際空港から車で約20分の距離にあり、地下鉄駅の開業も予定されている。この約67,340㎡の敷地に、アウトレット店、飲食店、フードコート、シネマコンプレックス、高級スーパーマーケット等を含む約220の店舗で構成する本格的アウトレットモールを開発し、その運営をスタートさせた。

2016年1月27日、台湾新北市林口区に、台湾北部最大のアウトレットモールが開業しました。いくつもの課題を乗り越え、台湾初の事業となったプロジェクトを開業へと導いた2人の活躍を紹介します。
※掲載されている部署名はプロジェクト担当時のものです。

事業地は、台北の中心部から車で約30分、桃園国際空港から車で約20分の距離にあり、地下鉄駅の開業も予定されている。この約67,340㎡の敷地に、アウトレット店、飲食店、フードコート、シネマコンプレックス、高級スーパーマーケット等を含む約220の店舗で構成する本格的アウトレットモールを開発し、その運営をスタートさせた。

企画・事業
和田山 竜一
1999年入社
三井不動産アジア(台北)

三井不動産グループ初の海外商業施設「杉井アウトレット広場・寧波」が中国で開業した2011年頃から、当時、私が在籍していた商業施設アジアパシフィック事業部では、アジアにおける次の事業地をどこにすべきかという議論が盛んに行われるようになっていました。台湾もその検討対象の1つであり、私はマーケット調査のために出張し、台北市内を歩いて、道行く人たちのファッション感度などをチェックしました。実際に訪れる前は、台湾においてどこに軸足をおいて事業を展開すべきなのかを判断することができないでいました。しかし、街を歩く人たちのファッションの感覚と市街地の商業施設の売り場にミスマッチが生じていることを察知し、日系のブランドの浸透度も高いことから、新たなモールをつくる余地があるという確かな手応えを感じることができました。
また、2011年8月には、台湾への企業誘致を促す訪問団が来日し、東京ミッドタウンにおいてセミナーが開催されました。このセミナーに参加し、翌9月には台湾政府の誘致担当者の要請を受けて台湾を再訪することになります。そして、この時に案内されたいくつかの土地のなかに、林口の土地もありました。その後、この土地を保有する新北市の誘致担当を紹介され、より具体的な情報収集と企画提案型の入札に応じるための準備を進めることになりました。



私は、2012年より上海の現地法人に出向となり、現地で進行するプロジェクトを担当しながら、台湾のプロジェクトも同時に進めていました。当時は、台湾には拠点がありませんでしたから、東京、広州、上海から担当者がそれぞれ台湾に出張し、滞在するホテルの一室に集まって、入札に向けた議論を重ねました。新北市側には、広域から集客できるアウトレットモールを誘致したいという意向があり、周辺住民向けの生活利便施設を備えたものという条件も示されていました。私たちは、これらの要望に応えることのできるプランを策定するために、現地や日本の設計会社やコンサルタント会社などに協力を求め、入札に臨むチーム体制を整えていきました。同時に、台湾の法制度や商慣習への理解を深めることにも力を注ぎました。
三井不動産の本格的なアウトレットモールの実績は、新北市から信頼を得るための重要な要素でしたが、これまでの日本のやり方をそのまま持ち込んでも成功するとは限りません。台湾の気候やマーケットに配慮して、これまでにない新たな試みも積極的に取り入れました。アウトレットらしさを演出するオープンモールに加えて、高温多湿の気候に配慮したエンクローズドモールを組み合わせたハイブリッドモールとしたのも、その一例です。また、水と緑を積極的に利用して南国のリゾート感あふれる環境とした点も、日本では見られないチャレンジングな提案でした。
これらのプランを盛り込んだ提案書をとりまとめ提出したのが、2013年1月のこと。2月27日に決定通知があり、三井不動産グループとして初めての台湾での事業が動き出したのです。

決定の通知を受けて、まずはじめに取り組んだのは、人材の採用でした。開発やテナントリーシングの経験のある現地の人材を獲得するために、面接を繰り返しました。同時に、許認可の申請準備を進め、住民説明会や有識者を交えた審査会で出された意見を計画に反映するための調整も行いました。許認可の手続きを終えて、着工となったのが、2014年4月。発注先が現地の施工会社でしたので、行政との折衝や近隣からの問い合わせなどには、しっかりと対応してもらえたのですが、施工面では、日本での常識が通じない点もあり、想定外の問題によって工事が遅れることもありました。しかし、それらは組織や文化の違いから生じる問題であって、それらを一つずつ乗り越えることで、信頼関係が築かれたように感じています。施工管理の面でも、日本のノウハウを生かしながら、それに台湾の良さをミックスさせていくことが、私の役割だと考えていました。台湾の施工担当者とのコミュニケーションを通じて、いいものをつくりたいという前向きな想いを共有できたことは、今後につながる大きな収穫だと思っています。
2016年1月の開業は、このプロジェクトのゴールではありません。開業後に浮上するさまざまな問題に対応し、数十年と続いていく施設運営の土台を築くことが当面の課題だと考えています。また、海外の事業において、行政との協議を含め、自らが施設開発を主導することができたのは貴重な経験であり、ここで得たノウハウを、今後の台湾やアジア地域での事業展開に生かしていきたいと考えています。


営業・運営
山本 智
2000年入社
三井不動産アジア(台北)

私が、台湾のプロジェクトにも関わるようになったのは、2012年に広州の現地法人に出向した頃のことです。広州から台湾に出張し、現地で合流したメンバーたちと議論を交わし、すでに台湾進出を果たしている日本のファッションブランドや飲食店を訪ね、台湾の事業環境やマーケットの状況をヒアリングしていました。2013年の2月に、林口における事業機会を獲得すると、その直後から台湾専任となり、現地法人のセットアップに着手。その後、第一陣の駐在員として、プロジェクト会社の設立やパートナー企業の選定に携わることになりました。
三井不動産では、海外における開発事業に際しては、行政との協議や近隣対策を円滑に進めるために、現地企業とジョイントベンチャー(JV)契約を締結するなどしてパートナシップを構築し、事業推進することを基本スタンスとしています。台湾の大手デベロッパーをリストアップし、それぞれの企業情報をチェックして絞り込み、JVの可能性を探っていきました。台湾の大手コングロマリット「遠雄(Farglory)グループ」の中核企業、遠雄建設事業股份有限公司との協議を本格的に開始したのは、2013年3月でしたが、持ち株比率や全会一致事項などJV契約上の諸条件を詰めるために時間を要し、契約の締結はその年の12月となりました。その後、プロジェクト会社「三新奥特萊斯股份有限公司」に資本参加してもらうかたちで合弁会社となり、本格的にプロジェクトを動かしていく体制を整えることができたのです。



次に取り組んだのは、新たに誕生する三井アウトレットパークに出店していただくテナントに対する営業活動でした。私は商業施設営業部時代に8年間、テナントリーシング業務に携わった経験がありましたが、2年後に200店舗を超える規模のテナントを迎えて開業させることを考えると、かつて誰も経験したことのないようなスピード感を持った判断を迫られることは明らかでした。加えて、テナントとの契約を管理する仕組み自体を台湾の商慣習に合わせゼロから構築する必要があり、契約書の条項一つひとつを見直さなければなりませんでした。このため、日本の営業部や上海、香港のリーシング担当と連携し、リーシング活動を効率的に展開できる体制を整えました。
テナント構成の面では、飲食店の比率を高めて、外食率が高い台湾のお客様の来場動機につながるように配慮しました。これは美食の国・台湾を訪れるツーリストにも有効だと考え、団体客の収容が可能な大型店舗を誘致し、日本の三井アウトレットパークでは10%に満たない飲食店舗の比率を、20%を超える規模としています。また、近隣に住んでいる方のためのスーパーマーケットやシネマコンプレックスの誘致も、日本では例のない試みでした。
一方、親日家が多い台湾では、日本企業を積極的に誘致することが、台湾の他の商業施設との差別化につながります。台湾で人気の日系ファッションブランドや飲食店を誘致するために、台湾の日本旅行ガイドや人気のある旅ブログにも目を通し、台湾最大規模の日系テナントの集積を実現しました。

開業を迎えるにあたって最も力を注いだことは、施設運営のための体制をつくりあげることでした。30名ほどの現地運営スタッフを採用し、チームアップしていくのですが、まずは採用したスタッフに、自分たちがめざすべき施設運営のあり方について、しっかりと理解してもらうことが必要でした。そのために、主要メンバーを日本に連れていき、物件や事務所を案内し、三井アウトレットパークの運営スタイルを学んでもらいました。実際には、日本のスタイルをそのまま持ち込むのではなく、そこに台湾流の考え方をミックスさせた独自の運営スタイルを築いていくことを意識しました。
開業直後に春節を迎えたときは、縁日のような人だかりで床が見えないほどでした。フードコートに入場制限を行ったのもはじめての経験で、このモールに対する期待の大きさを実感しました。今後は、個々のテナントとのコミュニケーションを密にとりながら、売上の向上に資する施策の打ち出しや、コスト効率の高い運営方式を考案し、その実行によって収益性の高い施設にしていくことが当面の目標です。
また、開業後から、用地担当への連絡や問い合わせが増えていると聞いており、第2、第3の施設展開の可能性は、確実に広がりつつあります。これを好機と捉えて、日本のテナント企業とのリレーションをますます強固なものとし、台湾進出をサポートする役割を担っていきたいと考えています。さらに台湾のテナント企業とのネットワークもさらに拡大、深化させ、日本への初出店にも一役買えるのではないかと、アイデアはどんどん広がっていきます。


企画・事業
和田山 竜一
1999年入社
三井不動産アジア(台北)

三井不動産グループ初の海外商業施設「杉井アウトレット広場・寧波」が開業した2011年頃から、当時、私が在籍していた商業施設アジアパシフィック事業部では、アジアにおける次の事業地をどこにすべきかという議論が盛んに行われるようになっていました。台湾もその検討対象の一つであり、私もマーケット調査のために出張し、台北市内を歩いて、道行く人たちのファッション感度などをチェックしました。実際に訪れる前は、台湾においてどこに軸足をおいて事業を展開すべきなのかを判断することができないでいました。しかし、街を歩く人たちのファッションの感覚と市街地の商業施設の売り場にミスマッチが生じていることを察知し、日系のブランドの浸透度も高いことから、新たなモールをつくる余地があるという確かな手応えを感じることができました。
また、2011年8月には、台湾への企業誘致を促す訪問団が来日し、東京ミッドタウンにおいてセミナーが開催されました。このセミナーに参加し、翌9月には台湾政府の誘致担当者の要請を受けて台湾を再訪することになります。そして、この時に案内されたいくつかの土地のなかに、林口の土地もありました。その後、この土地を保有する新北市の誘致担当を紹介され、より具体的な情報収集と企画提案型の入札に応じるための準備を進めることになりました。

私は、2012年より上海の現地法人に出向となり、現地で進行するプロジェクトを担当しながら、台湾のプロジェクトも同時に進めていました。当時は、台湾には拠点がありませんでしたから、東京、広州、上海から担当者がそれぞれ台湾に出張し、滞在するホテルの一室に集まって、入札に向けた議論を重ねました。新北市側には、広域から集客できるアウトレットモールを誘致したいという意向があり、周辺住民向けの生活利便施設を備えたものという条件も示されていました。私たちは、これらの要望に応えることのできるプランを策定するために、現地や日本の設計会社やコンサルタント会社などに協力を求め、入札に臨むチーム体制を整えていきました。同時に、台湾の法制度や商慣習への理解を深めることにも力を注ぎました。
三井不動産の本格的なアウトレットモールの実績は、新北市から信頼を得るための重要な要素でしたが、これまでの日本のやり方をそのまま持ち込んでも成功するとは限りません。台湾の気候やマーケットに配慮して、これまでにない新たな試みも積極的に取り入れました。アウトレットらしさを演出するオープンモールに加えて、高温多湿の気候に配慮したエンクローズドモールを組み合わせたハイブリッドモールとしたのも、その一例です。また、水と緑を積極的に利用して南国のリゾート感あふれる環境とした点も、日本では見られないチャレンジングな提案でした。
これらのプランを盛り込んだ提案書をとりまとめ提出したのが、2013年1月のこと。2月27日に決定通知があり、三井不動産グループとして初めての台湾での事業が動き出したのです。

決定の通知を受けて、まずはじめに取り組んだのは、人材の採用でした。開発やテナントリーシングの経験のある現地の人材を獲得するために、面接を繰り返しました。同時に、許認可の申請準備を進め、住民説明会や有識者を交えた審査会で出された意見を計画に反映するための調整も行いました。許認可の手続きを終えて、着工となったのが、2014年4月。発注先が現地の施工会社でしたので、行政との折衝や近隣からの問い合わせなどには、しっかりと対応してもらえたのですが、施工面では、日本での常識が通じない点もあり、想定外の問題によって工事が遅れることもありました。しかし、それらは組織や文化の違いから生じる問題であって、それらを一つずつ乗り越えることで、信頼関係が築かれたように感じています。施工管理の面でも、日本のノウハウを生かしながら、それに台湾の良さをミックスさせていくことが、私の役割だと考えていました。台湾の施工担当者とのコミュニケーションを通じて、いいものをつくりたいという前向きな想いを共有できたことは、今後につながる大きな収穫だと思っています。
2016年1月の開業は、このプロジェクトのゴールではありません。開業後に浮上するさまざまな問題に対応し、数十年と続いていく施設運営の土台を築くことが当面の課題だと考えています。また、海外の事業において、行政との協議を含め、自らが施設開発を主導することができたのは貴重な経験であり、ここで得たノウハウを、今後の台湾やアジア地域での事業展開に生かしていきたいと考えています。

営業・運営
山本 智
2000年入社
三井不動産アジア(台北)

私が、台湾のプロジェクトにも関わるようになったのは、2012年に広州の現地法人に出向した頃のことです。広州から台湾に出張し、現地で合流したメンバーたちと議論を交わし、すでに台湾進出を果たしている日本のファッションブランドや飲食店を訪ね、台湾の事業環境やマーケットの状況をヒアリングしていました。2013年の2月に、林口における事業機会を獲得すると、その直後から台湾専任となり、現地法人のセットアップに着手。その後、第一陣の駐在員として、プロジェクト会社の設立やパートナー企業の選定に携わることになりました。
三井不動産では、海外における開発事業に際しては、行政との協議や近隣対策を円滑に進めるために、現地企業とジョイントベンチャー(JV)契約を締結するなどしてパートナシップを構築し、事業推進することを基本スタンスとしています。台湾の大手デベロッパーをリストアップし、それぞれの企業情報をチェックして絞り込み、JVの可能性を探っていきました。台湾の大手コングロマリット「遠雄(Farglory)グループ」の中核企業、遠雄建設事業股份有限公司との協議を本格的に開始したのは、2013年3月でしたが、持ち株比率や全会一致事項などJV契約上の諸条件を詰めるために時間を要し、契約の締結はその年の12月となりました。その後、プロジェクト会社「三新奥特萊斯股份有限公司」に資本参加してもらうかたちで合弁会社となり、本格的にプロジェクトを動かしていく体制を整えることができたのです。

次に取り組んだのは、新たに誕生する三井アウトレットパークに出店していただくテナントに対する営業活動でした。私は商業施設営業部時代に8年間、テナントリーシング業務に携わった経験がありましたが、2年後に200店舗を超える規模のテナントを迎えて開業させることを考えると、かつて誰も経験したことのないようなスピード感を持った判断を迫られることは明らかでした。加えて、テナントとの契約を管理する仕組み自体を台湾の商慣習に合わせゼロから構築する必要があり、契約書の条項一つひとつを見直さなければなりませんでした。このため、日本の営業部や上海、香港のリーシング担当と連携し、リーシング活動を効率的に展開できる体制を整えました。
テナント構成の面では、飲食店の比率を高めて、外食率が高い台湾のお客様の来場動機につながるように配慮しました。これは美食の国・台湾を訪れるツーリストにも有効だと考え、団体客の収容が可能な大型店舗を誘致し、日本の三井アウトレットパークでは10%に満たない飲食店舗の比率を、20%を越える規模としています。また、近隣に住んでいる方のためのスーパーマーケットやシネマコンプレックスの誘致も、日本では例のない試みでした。
一方、親日家が多い台湾では、日本企業を積極的に誘致することが、台湾の他の商業施設との差別化につながります。台湾で人気の日系ファッションブランドや飲食店を誘致するために、台湾の日本旅行ガイドや人気のある旅ブログにも目を通し、台湾最大規模の日系テナントの集積を実現しました。

開業を迎えるにあたって最も力を注いだことは、施設運営のための体制をつくりあげることでした。30名ほどの現地運営スタッフを採用し、チームアップしていくのですが、まずは採用したスタッフに、自分たちがめざすべき施設運営のあり方について、しっかりと理解してもらうことが必要でした。そのために、主要メンバーを日本に連れていき、物件や事務所を案内し、三井アウトレットパークの運営スタイルを学んでもらいました。実際には、日本のスタイルをそのまま持ち込むのではなく、そこに台湾流の考え方をミックスさせた独自の運営スタイルを築いていくことを意識しました。
開業直後に春節を迎えたときは、縁日のような人だかりで床が見えないほどでした。フードコートに入場制限を行ったのもはじめての経験で、このモールに対する期待の大きさを実感しました。今後は、個々のテナントとのコミュニケーションを密にとりながら、売上の向上に資する施策を打ち出しや、コスト効率の高い運営方式を考案し、その実行によって収益性の高い施設にしていくことが当面の目標です。
また、開業後から、用地担当への連絡や問い合わせが増えていると聞いており、第2、第3の施設展開の可能性は、確実に広がりつつあります。これを好機と捉えて、日本のテナント企業とのリレーションをますます強固なものとし、台湾進出をサポートする役割を担っていきたいと考えています。さらに台湾のテナント企業とのネットワークもさらに拡大、深化させ、日本への初出店にも一役買えるのではないかと、アイデアはどんどん広がっていきます。