トップコミットメント

持続可能な社会の実現をめざして 三井不動産株式会社 代表取締役社長 菰田正信

1. はじめに

地球温暖化への対応は人類の喫緊の課題です。甚大化する災害は都市の持続可能性を脅かしており、温暖化の結果として起こる食糧問題は人々の暮らしの基盤を大きく揺るがす要因となりえます。気候変動の問題は地球規模の課題であるとともに、当社が行っている街づくりにも多大な影響があることは明白です。

世界が直面している多岐にわたるサステナビリティ課題に関しても、やはり街づくりに大きく関係していると考えています。生物多様性を大切にすることによって生態系が生み出す豊かな環境が保全され、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進は都市に暮らす人々のくらしをより活気あるものにします。

当社グループのロゴ「」マークは、対立する概念を「or」でどちらか選ぶのではなく、「」で両立・共存させるというものです。多様性を受け入れ、常識的には価値観が対立するもの同士であっても、その相克を乗り越え、「」で共生させ、持続可能な社会を実現していく。この経営ビジョンは、サステナビリティやESGなどが世間で言われる遥か以前の1991年、創立50周年に制定しました。

日本橋の再開発においては、「残しながら、蘇らせながら、創っていく」を開発コンセプトに「人と自然」「伝統と革新」を共生させた、まさに「」マークの街づくりを行っています。

また、当社の街づくりの歴史は社会の要請に応えてきた歩みとも捉えることができます。高度成長期の埋め立て事業、日本初の超高層ビル・霞が関ビル、高層マンション、大型ショッピングセンター、さらに最近では東京ドームを始め、スポーツ、エンターテインメントの領域にも進出しています。こうした取り組みを振り返ると、社会の要請に応える当社グループの街づくりの本質とは、産業創造をお手伝いせていただく「プラットフォーマー」だと私は考えています。当社グループが「場」と「機会」を提供させていただくことによって新たな事業やアイデアが生まれる土壌が育まれます。

日本橋では「」マークを体現する街づくりを行うとともに、ビジネスやカルチャーを生み出す共創の「場の整備」と「機会の創出」にも取り組んでいます。当社が手掛けるライフサイエンス拠点の整備によって、小規模なベンチャー企業の集積を促進し、コミュニティ構築を担うLINK-Jと一体となってベンチャー企業や大学、病院、大手製薬会社などが共創するエコシステムを構築しています。宇宙分野についてもやはりコミュニティを担うクロスユーが設立され、日本橋は新たな産業が生まれる街へと進化していっています。

2050年の温室効果ガスネットゼロ社会を見据えると、日本社会の現状の取り組みだけでは実現が難しいと考えられます。イノベーションなくして社会課題の解決は難しい。当社においても再生可能エネルギーの開発や創エネに関する新技術の検証等を行っていきますが、そこにとどまらずサプライチェーン全体を見据えることが必要です。アカデミアやベンチャー企業と手を取り合い、オープンイノベーションで課題解決に取り組む。当社がプラットフォーマーとして多様なプレイヤーと関わり、イノベーション創出、新産業創造をお手伝いしていきたいと考えています。

2. 三井不動産が取り組むべき課題

【環境(E)について】

気候変動への対応は、社会基盤の構築・発展を担う当社グループの社会的責務であり、脱炭素に向けた取り組みを当社グループの最重要課題と位置付けています。当社は企業等に対して気候変動リスクと機会に関する情報開示を推奨する気候関連財務情報開示タスクフォースである「TCFD」の提言に賛同し、それに基づく情報開示をしております。また、事業活動で消費する電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目標とする国際的なイニシアティブ「RE100」に加盟し、取り組みを推進しています。2021年11月には、温室効果ガス削減目標を、2030年度までに40%削減(2019年度比)、2050年までにネットゼロとする新たな目標を設定し、国際的枠組みである「パリ協定」達成のために科学的根拠に基づいた削減目標を設定することを推奨する「SBT(Science Based Target)イニシアティブ」より、世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5度未満に抑えるという「1.5℃」目標としての認定を取得しました。また単に目標を掲げるだけでなく、不動産業界のリーダーとして求められるアクションプランとして「脱炭素社会実現に向けたグループ行動計画」を策定し、脱炭素への取り組みを進めています。

東京ミッドタウン八重洲ではオフィスビルとして国内最大級の「ZEB Ready」認証を取得しました。商業施設や物流施設などでもZEB認証の取得を進めており、環境に配慮した施設づくりを推進しています。さらに2025年に竣工する三田ガーデンヒルズでは全1,002戸ZEH-Oriented取得を予定しており、中圧ガスでの「カーボンニュートラル都市ガス」と実質再生可能エネルギー100%の電気導入によって、電気・ガスともにCO2排出量実質ゼロとなるサービスを導入します。

2023年3月には約2,300万kWh/年の発電量を確保するメガソーラー事業用地計7か所を取得した旨を発表させていただきました。メガソーラーで発電した電力は送配電気事業者の送電網を利用し、東京ミッドタウン日比谷など当社保有建物に「自己託送」スキームを活用して送電することを計画しています。東京ミッドタウン日比谷では共用部使用電力の約30%程度が太陽光発電で賄われる見込みです。計7か所の太陽光発電で年間CO2削減量1万トンを目指します。

入居企業のESG課題解決、再生可能エネルギー調達という需要に応えるために、「グリーン電力提供サービス」に取り組んでいます。当社が様々なグリーン電力化の仕組みを活用しトラッキング付非化石証書を使用して、入居企業に実質的に再生可能エネルギーを提供しています。すでに100社超のお客様と契約を締結しています。

2022年3月には、学識経験者、設計者と協働し、「建設時GHG排出量算出マニュアル」を策定しました。学会・業界団体・同業他社(不動産会社・設計事務所)・施工会社・建築資機材メーカーなど関係者へ幅広く共有して、業界全体に貢献する取り組みを推進し、2023年6月の不動産協会マニュアル公表にも協力いたしました。

サステナブルファイナンスにも積極的に取り組み、2023年5月業界過去最大の1,300億円のグリーンボンドを発行、累計約6,000億円も国内不動産会社として最大となっています。また、脱炭素に関する技術革新の動向把握、および脱炭素関連のスタートアップの発掘と共創を目的とした、当該分野に強みを有するベンチャーキャピタル(VC)の組成するファンドへの出資も国内不動産デベロッパーとして初めて取り組みました。

生物多様性の問題にも積極的に取り組んでいます。2023年3月に「三井不動産グループ生物多様性方針」を策定いたしました。方針では、2022年12月に策定された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に賛同し、「自然と共生する社会」というビジョンや、「ネイチャーポジティブ」の考え方を支持しております。2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する「30by30アライアンス」に加盟し、北海道に保有する約5,000haの森林で生物多様性に配慮した天然林の保護を行うとともに、人工林についても苗木を「植える」、適切に「育てる」、森で採れた木を「使う」というサイクルを通じて、未来につづく持続可能な森創りに取り組んでいます。このサイクルを社員にも体験してもらうために2009年から植林研修を行っています。2022年の植林研修活動には冬季産業再生機構とJOC アスリート委員会によって2022年3月に立ち上げられた『SAVE THE SNOW ~be active~』プロジェクトが、活動の主旨に賛同し、JOC アスリート委員をはじめとする8名のオリンピアンが植林研修活動に参加しました。また、日本を代表するオフィス街である大手町にエリア最大級約6,000m2の緑地空間「Otemachi One Garden」を2022年12月オープンしました。皇居の植生や地域の潜在植生に配慮しながら、シラカシやイロハモミジなどを用いた緑と水辺の空間を創出し、多様な生物の生育環境の拡大に寄与しています。神宮外苑の再開発では、4列のイチョウ並木を保全するとともに多様な緑化を計画しており、現時点では、当地区内の樹木本数は既存の1,904本から1,998本へ増加、緑の割合は約30%(現況約25%)となる予定です。次の100年に向け、樹木を若い樹木に植え替えることにより、緑の循環を図ってまいります。

気候変動、生物多様性の課題のみならず、水環境の保全、環境汚染の防止および省資源・廃棄物削減といった環境に関する諸課題に対しても、オフィス・商業・住宅などあらゆる事業領域で積極的に対応しています。

こうした取り組みを進めた結果、気候変動部門の最高評価である「CDP2021気候変動Aリスト」企業に2年連続で認定されました。また不動産セクターのESG配慮を測るベンチマーク評価である「GRESBリアルエステイト評価」にも2022年から参加しています。

引き続き、お客様や地域社会にとって快適な環境を創出していくとともに、気候変動をはじめとする環境保全の包括的な取り組みに注力してまいります。

【社会(S)について】

不動産デベロッパーとして新たな価値を創造し続けるための原動力は人材という資産です。多様な価値観を持ち社員全員がお互いを認め合い、高め合い、最高のチームとして新たな価値を生む。それによって社会に貢献する商品・サービスを生み出すことができます。また当社の重点課題の実現においても重要なのは、困難な課題に挑戦する人材です。

人材戦略の第一の戦略として「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」を位置付けています。顧客のニーズや価値観の多様化、複雑な社会課題に対応するためには、私たち自身が多様性を包摂することが重要です。2021年11月に策定したダイバーシティ&インクルージョン推進宣言および取組方針を基に、人種・国籍・宗教・性別・年齢・障がいの有無・性自認・性的指向などに関わらず多様な人材が活躍できる環境の整備を行っています。

女性活躍推進については専任組織であるD&I推進室が取り組みを主導し、社長が委員長を務めるESG推進委員会内の組織や取締役会での議論、女性の社外取締役への相談等により実効性を高めています。また、グループ一体となって推進するべく、グループ会社社長が参加するグループ女性活躍推進会議等で方針共有や進捗確認を定期的に実施しています。女性活躍推進に関する定性的な活動計画として、①性別に関わらず育児・介護等を含め多様なライフスタイルや価値観を尊重し合い、長く働き続けられる環境整備を行い、②女性活躍を推進する上での組織の意識改革ならびに本人のモチベーション向上・キャリア形成支援に取り組んでいます。具体的な取り組みとして、育児・介護との両立支援のために男女問わず育児休暇の取得を推奨しており、男性育児休暇取得率が100%に達し、育児休業復帰率も23年間100%を継続しています。当社の女性活躍推進に関する各種取り組みが評価され、女性活躍推進に優れた企業として、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「なでしこ銘柄」に2年連続で選定されました。

人材育成・スキル向上においては社員一人ひとりと向き合いキャリア形成が行えるよう、OJT、本人との面談、ジョブローテーション、研修プログラムを行っています。社員の多様な価値観に基づくキャリアビジョンを支援するために、職掌の変更制度や部門の異動希望等に関する自己申告制度等も整備しています。加えて、本業への理解を深めるとともに、あえて本業と離れた事業領域における経験値を積み重ねるための取り組みの一環として、事業提案制度や、イノベーション創出・社会貢献を目的とした副業制度、リターンエントリー制度、大学院修学等のための休職制度、大学院の費用補助制度を整備するなど、激変するビジネス環境における課題解決力・付加価値創造力の醸成を促進しています。

多様な価値観、才能、ライフスタイルを持った人材が働きやすい環境を整えるために、育児・介護と仕事の両立支援や在宅勤務制度の導入など、ライフステージの変化に応じた多様な働き方の支援策を推進しています。また、すべての部門で業務の効率化を進め、業務配分の適正化や社員の労働時間削減を図ることによって、ワークライフバランスの適正化を推進しています。

社員の心身の健康と安全を支えるために健康経営を進め、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「健康経営銘柄2023」に選定されました。これは東京証券取引所の上場企業の中から健康経営に特に優れた企業を「健康経営銘柄」として、1業種につき原則1企業を選定するものです。また自社の健康経営のみならず、テナント企業の健康経営や多様な働き方の実現をサポートするために、経営層・人事と従業者の双方をサポートし、企業の健康経営推進に資するソリューションサービス、「&well」を提供しています。

社員エンゲージメント向上にも取り組み、社員の90%以上が当社で働くことを誇りに感じており、低い離職率という結果につながっています。

企業の価値創造を支える最も大きな原動力は「人」という資産である、との認識のもと、これまで以上に女性やグローバル人材等の多様性を広げ、そこから生まれる様々な意見や知見を活かすことで、新たなビジネス機会の創出につなげていきたいと考えています。

当社グループが街づくりを通して人々にビジネスライフやくらしを提供していくうえでは、一人ひとりの人権を尊重することが何より大切です。国連が提唱する「ビジネスと人権に関する指導原則」や「労働における基本的原則および権利に関するILO(国際労働機関)宣言」で定められた基本的権利を支持・尊重することはもとより、人権に配慮した事業の推進を徹底してまいります。2021年度は当社事業に関連するサプライチェーンの代表ともいえる建設会社6社にアンケートを実施したほか、2022年5月よりJP-MIRAIが開始した「外国人労働者相談・救済パイロット事業」に参画するなど、サプライチェーンマネジメントおよび人権デューデリジェンスに関する取り組みを強化しています。

今後もサプライチェーンをはじめお客様、地域コミュニティといった多様なステークホルダーとのエンゲージメントの拡充に取り組んでまいります。

【ガバナンス(G)について】

リスクマネジメント・コンプライアンス・ガバナンスなどについては、人・街・社会からの信用に基づき事業を営む当社グループにとって、事業の根幹をなす非常に重要なテーマであると認識しています。特に、近年急速に拡大している海外事業においては、コンプライアンスの徹底とガバナンスの強化を喫緊の課題として捉えており、本社と海外現地法人のさらなる体制強化に加えて、事業リスクの適正なマネジメントやデューデリジェンスの徹底に努めております。

また最適なコーポレート・ガバナンスの整備・構築を目指す一環として、取締役報酬を企業価値の向上と連動させるインセンティブ付与に取り組んでいます。ESGを通じた社会的価値創出が経営の根幹であることを踏まえ、2021年より、ESGの取り組みの状況を報酬諮問委員会で確認・評価のうえ、業績連動報酬である賞与および譲渡制限付株式報酬の算定に反映することとしました。

グローバルな潮流、社会構造の変化、企業経営に関するステークホルダーの皆さまの意識変化などを広く見据えながら、引き続き、コーポレート・ガバナンスの継続的な見直し・強化に取り組み、経営の健全性・透明性・効率性を高めてまいりたいと思います。