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スマートヘルス型生活習慣介入による認知機能スコア改善
――ウェアラブル×たんぱく食×健康街づくりの新展開――

2026年9月28日
東京大学
日本ハム株式会社
三井不動産株式会社

発表のポイント

  • 大規模な産学連携臨床試験(INSPIOR研究)を実施:
    東京大学、Google、日本ハム、三井不動産の連携により、フレイルリスクのある地域在住高齢者355名を対象とした6カ月間の複合生活習慣介入試験を実施しました。
  • 自動配信プログラムによる効果検証:
    専門職の対面指導を介さず、ウェアラブル端末による運動・睡眠・栄養に関する自動アドバイス通知とたんぱく質補給食品を組み合わせたスマートヘルス型健康支援プログラムにより、認知機能スクリーニング(MoCA)スコアの改善と行動変容を確認しました。
  • 持続可能な予防モデルに向けて:
    人手不足が懸念される超高齢社会において、ウェアラブル端末と健康支援食品を組み合わせた本アプローチは、より多くの高齢者を対象とした健康支援への展開が期待され、今後の「健康まちづくり」への貢献が見込まれます。


INSPIOR(インスパイア―)研究の全体像と自動配信型複合介入のモデル

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の久恒辰博准教授らの研究グループと、Google、日本ハム株式会社、三井不動産株式会社の4者は、産学連携による臨床試験「INSPIOR(インスパイアー)」(注1)を実施しました。本研究は、柏の葉スマートシティーの地域基盤を活用し、「フレイル」(注2)リスクがある高齢者355名を対象に、Googleのウェアラブル端末「Fitbit」(注3)による運動・睡眠の自動通知と、たんぱく質補給食品(注4)を組み合わせた6カ月間の複合介入を行いました。 その結果、介入群では対照群と比較して認知機能スクリーニング(MoCA、注5)スコアの維持・改善傾向が認められました。また、歩数・活動時間・睡眠時間の増加や、たんぱく質摂取量の向上など、望ましい行動変容が確認されました。

本成果は、デジタルと食を健康街づくりに融和させ、持続可能な健康延伸アプローチの可能性を示すものです。

発表内容

<研究の背景と目的>

高齢化に伴い、生活習慣(運動・睡眠・食事)の改善を通じた認知機能低下の抑制が注目されています。しかし、従来プログラムの多くは医師や管理栄養士など専門職による個別の対面指導を必要とするため、人員や費用の問題から地域社会全体への大規模展開(スケール化)が難しいという課題がありました。

そこで本研究チームは、専門職の対面指導を介さず、デジタル技術と健康支援食品を組み合わせて自律的な生活習慣改善を促す予防アプローチの可能性を検証しました。

<試験の方法と内容>

本試験(INSPIOR)は、千葉県柏市の地域コミュニティで実施された単施設・オープンラベルのランダム化比較試験(注6)です。65歳〜92歳の自立した生活を送る高齢者のうち低BMI、プレフレイル/フレイル、握力・歩行速度・筋肉量などから機能低下リスクに該当する355名を、介入群178名と対照群(評価のみ)177名に無作為に割り付けました。

介入群は「Fitbit Charge 5」を6カ月間、睡眠時を含めて着用しました。端末から自動取得された歩数・運動時間・睡眠データに基づき、目標設定や生活習慣改善のアドバイスがスマートフォンへ自動で通知されました。また、食事管理アプリ「あすけん」による食事入力(消費エネルギーあたり15〜20%のたんぱく質摂取を推奨)と、アンセリン(注7)等を含むたんぱく質補給食品の配布による栄養サポートを実施しました。主要評価項目は、開始時および6カ月後におけるMoCAによる認知機能検査です。

<研究成果の詳細>

2023年11月〜2024年6月の介入により、主要評価項目であるMoCAスコアにおいて介入群は対照群と比較して、すべての研究参加者を対象としたITT(Intent-to-treat)解析において、介入群は対照群と比較して有意な改善を示しました(調整平均差 +0.58点, p=0.039)(図1)。また、介入前後のすべての検査値が得られた研究参加者を対象とするFAS(Full analysis set)解析、介入項目をすべて順守した参加者を対象とするPP(Per protocol)解析でも、数値的改善が見られ、特にPP解析では改善度が顕著でした(p=0.0013)(図2)。なお、フレイルポイントについても、すべての解析方法で介入による改善が見られています(図3)。

行動ログ解析では、介入群で歩数・活動時間・睡眠習慣の維持・向上が認められ(図4)、運動・活動量の変化とMoCAスコア変化に正の関連が確認されました(p=0.0086)。さらに、食事記録を順守した参加者において、たんぱく質摂取量が平均7.97g増加し(p<0.0001)、フレイル指標の改善につながりました。なお、重篤な有害事象は報告されていません。

本成果は、対面指導に依存しないデジタルと食の融合支援が、高齢者の行動変容と認知機能の維持・改善、さらにフレイルリスクの改善に寄与することを示しています。


図1:スマートヘルス型多面的生活習慣介入による高齢者の認知機能スコア改善
介入群と対照群の平均点。図中の縦棒は95%信頼区間(本来の効果が95%の精度で含まれる区間)。開始時の値は実際に測定した平均、6か月後の値については、欠損値を(開始時の得点・年齢・性別・BMI・教育年数・ApoE遺伝子型の違いをそろえた)統計モデル(共分散分析、多重代入)で推定した平均。右の矢印⑤は、調整済みの群間差0.58点を示している。

① 横軸は時点(開始時と6か月後)、縦軸はMoCAの得点。MoCAは30点満点で、高いほど認知機能が良いことを意味する。差を見やすくするため縦軸は24.4点から表示しており、0点からではない。両群とも開始時の平均は約25点でほぼ同じであった。無作為に分けたことで、群の間に大きな偏りがなかったことが分かる。
② 青い丸は介入群、赤い四角は対照群の平均点。 ③ 線は、同じ群の開始時と6か月後を結んだもの。線の傾きが変化の大きさを表し、介入群のほうが、傾きが急、つまり得点の伸びが大きいことが分かる。
④ 各点から上下に伸びる縦棒は95%信頼区間。平均点は参加者から得た推定値で、同じ試験を繰り返せば多少ばらつく。縦棒は「真の平均はおそらくこの範囲にある」という幅を示す。
⑤ 右の矢印は「調整済み群間差」。6か月後の平均点を単純に引き算するのではなく、開始時の得点・年齢・性別・BMI・教育年数・ApoE遺伝子型の違いを統計的にそろえたうえで、介入群と対照群の差を推定(共分散分析)。その結果が0.58点で、95%信頼区間は0.03〜1.13点で(p=0.039)あった。


図2:MoCAの調整済み群間差(解析対象者別のフォレストプロット図)
上段:無作為に割り付けた全員(ITT、主解析)、中段:6か月後の評価を受けた人(FAS)、下段:介入などを計画どおりに順守できた人(PP)。括弧と*は、中段と下段で介入の効果の大きさが統計的に異なったこと(交互作用のp=0.010)を示す。


図3:フレイルポイントの群間差(解析の対象別)
フレイルポイントは低いほど良好であることを示す。図中の右にあるほど介入群が対照群に比べて良好であることを示す。また、フレイルポイントの改善にたんぱく質摂取が有効であることも見出されている。


図4:ウェアラブル端末で測った毎日の行動の変化
PP群210人(介入群114人、対照群96人)の毎日の記録を、一般化線形混合モデルという統計モデルで解析したもの。各行は、通知を送る前の28日間から最後の28日間への変化を両群で比べた「変化の比」で、1.0が差なし、1.0より大きいほど介入群の変化が対照群より多い。
介入群は対照群に比べて、歩数は696歩、運動時間は6.6分、睡眠時間は11.6分、平均で1日あたりにすると多くなった。

<産学連携パートナーの強みと役割>

本研究は、参画各社・機関の強みを生かした産学連携により実施しました。

  • Google合同会社:ウェアラブル端末を用いて歩数、運動時間、睡眠などの日常行動データを取得し、それらのデータに基づく自動通知を活用した生活習慣介入の方法を提供しました。
  • 日本ハム株式会社:たんぱく質やアンセリン等を含むたんぱく質補給食品を開発・提供するとともに、栄養記録アプリを活用した栄養サポート環境を整備しました。
  • 三井不動産株式会社:柏の葉スマートシティー地域基盤(まちの健康研究所「あ・し・た」)を活用し、地域住民の生活圏においてデジタル技術と栄養サポートを組み合わせた介入を実施するための環境を提供しました。

<今後の展望>

今後は、本プログラムの長期的な有効性やコスト対効果を検証するとともに、自治体や民間サービスへの社会実装を推進します。これにより、超高齢社会において、多くの高齢者を対象とした持続可能な認知症・フレイル予防の標準モデル構築を目指します。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科 櫻井 圭介 特任助教
田中 亮 博士課程
白石 いづみ 研究当時:学術専門職員
笠原 大靖 研究当時:修士課程
安斎 沙耶 研究当時:修士課程
渡邊 美和 研究当時:修士課程
舟川 桃子 修士課程
島田 早織 修士課程
川端 理希 研究当時:修士課程
紫野 圭子 研究当時:学術専門職員
川浦 智子 学術専門職員
割澤 伸一 教授
久恒 辰博 准教授
農学部 後藤 達哉 研究当時:学部生
グーグル合同会社 Joseph Ledsam
Hiroki Kayama
Matthew J. Thompson
日本ハム株式会社 中央研究所 柄澤紀
松本貴之
菅原幸博
加工事業本部 商品統括事業部 技術開発室 平知樹
石黒俊弘
お客様志向推進部 工藤和幸
三井不動産株式会社 柏の葉街づくり推進部 野村 俊之
小林 悟
金田 昂
稲村 規子

論文情報

雑誌名eClinicalMedicine(The Lancet 姉妹誌)
題名Effect of a wearable-based individualised multidomain lifestyle intervention on cognitive and physical function in older adults at risk of decline (INSPIOR): a single-centre, open-label, randomised controlled trial
著者名Keisuke Sakurai, Ryo Tanaka, Joseph Ledsam, Izumi Shiraishi, Hiroyasu Kasahara, Saya Anzai, Miwa Watanabe, Momoko Funakawa, Saori Shimada, Tatsuya Goto, Riki Kawabata, Keiko Murasakino, Tomoko Kawaura, Noriko Inamura, Ko Kaneta, Satoru Kobayashi, Toshiyuki Nomura, Nori Karasawa, Takashi Matsumoto, Tomoki Taira, Toshihiro Ishiguro, Kazuyuki Kudo, Matthew J. Thompson, Hiroki Kayama, Yukihiro Sugawara, Shin'ichi Warisawa, Tatsuhiro Hisatsune*
DOI10.1016/j.eclinm.2026.104212
URLhttps://doi.org/10.1016/j.eclinm.2026.104212

研究助成

本研究は、以下の支援を受けて実施されました。

  • 東京大学・日本ハム株式会社 共同研究プログラム(食の未来 エイジングデザイン研究);Google LLC (Impact of sleep, activity, nutrition and health based Fitbit alerts in older adults)
  • 三井不動産(研究フィールド支援「まちの健康研究所「あ・し・た」」)

用語解説

(注1) INSPIOR(インスパイアー):
Impact of Nutrition, Sleep, Physical activity on Intellectual function of Older Adults 研究の略称。認知機能に対する栄養・睡眠・運動の効果を検証するスマートヘルス型生活習慣改善研究。Inspire(刺激する・活力を与える)するシステム(機能を示す接尾辞[-or])という意味合いを含む。

(注2) フレイル:
加齢に伴い筋力や心身の活力が低下し、要介護状態と健常の中間に位置する状態。早めの介入により元の健康状態に戻ることが可能とされる。

(注3) Fitbit:
日常の歩数、心拍数、アクティビティ、睡眠状況などを継続的に記録可能なウェアラブルデバイス(スマートウォッチ)。

(注4) たんぱく質補給食品:
高齢期に不足しがちなたんぱく質やアミノ酸(アンセリン等)(参考文献[1][2])を手軽に補給できるよう新たに設計・開発したたんぱく質補給食品。動物性たんぱく質として鶏肉、植物性たんぱく質源として脱脂大豆を使用し、高齢者で不足しがちな食物繊維もバランス良く含有し、長期間の喫食にも配慮してミートボール状の冷凍食品を特別に製造し、提供した。

(注5) MoCA:
Montreal Cognitive Assessmentの略称。軽度認知障害(MCI)などのスクリーニングに広く用いられる認知機能検査法。

(注6) ランダム化比較試験:
評価の偏りを避けるため、被験者を無作為に2群(介入群・対照群)に分けて効果を比較する科学的立証性の高い試験手法。

(注7)アンセリン:
回遊魚や渡り鳥の筋肉等に含まれるジペプチド(アミノ酸複合体)。抗酸化作用や抗炎症作用を持ち、脳や筋肉の機能維持に関与することが知られる(参考文献[1])。

参考文献

[1] Influence of imidazole-dipeptides on cognitive status and preservation in elders: a narrative review. (2021) N Masuoka, C Lei, H Li, T Hisatsune. Nutrients 13 (2), 397.

[2] Protein-balanced dietary habits benefit cognitive function in Japanese older adults. (2023) K Sakurai, E Okada, S Anzai, R Tamura, I Shiraishi, N Inamura, S Kobayashi, M Sato, T Matsumoto, K Kudo, Y Sugawara, T Hisatsune. Nutrients 15 (3), 770